●カデドリ同盟 |
○皆さまからの投稿作品 |
この恋に、終わりを告げよう。 薄雲に隠れてしまう月のように、不確かな想いなら。 朧ろの月 〜Distance〜 作:すずひめさま 薄く差した白い陽の光で、あたしは目を覚ました。乳白色のカーテンで緩められた朝の日差しが、床に散らばった衣服を照らし、虚ろな影を作り出していた。 ぼんやりとした頭で、辺りを見回した。今、何時だろう。 隣の男は、消え入りそうな小さな寝息を立てていた。ああ、城の人はまだ誰も起きていないのだ。静か過ぎる目覚めだった。 陽の光に透けるような銀髪、陶器のような白い肌、そこに濃く影を落とす長い睫毛。眠っているときの彼は、悲しいくらい儚くて、そして完璧だった。まるで死んでるんじゃないかと思うほどに。 毎回、前日の晩の記憶はとても曖昧だった。今目の前で静かに横たわる男が、昨夜あたしを強く強く抱いた男と同一人物だとは、どうしても思えない。 とりあえず、何か着よう。あたしはベッドから出て、落ちていたバスローブを拾い上げた。4月の朝は寒い。バスローブに袖を通すより先に、あたしはひとつくしゃみをした。 「もう、起きたのか?」 突然、背後から声を掛けられた。 「あ・・・カデシュごめん。起こしちゃった?」 振り返ると、ぼんやりとあたしを見つめる深紅の瞳とぶつかって、どきりとした。心臓に、悪い。 「熱源がなくなったからな・・・」 無表情のまま、ぼそりとそんなことを言う。 「あたしは湯たんぽかっ!」 足元にあったカデシュの服を引っつかみ、思いっきり投げつけた。良かった、正常に一日が始まる。 「もう行くのか?」 「当ったり前よ!あんたの部屋から出てくとこを誰かに見られでもしたら、たまったもんじゃないわよ」 「そうか」 分かってんのかこいつ!とひと睨みしようとしたら、カデシュの瞳にほんの少し寂しげな色を見つけて、またどきりとした。 「・・・とにかく、あたしもう行かなくちゃ。服着たら部屋に帰るわ」 「あぁ」 口をついて出た自分の言葉と、カデシュの瞳に苛々して、あたしはすばやく服を着て、彼の顔も見ずに部屋を出た。じゃあね、と短く言い捨てた声だけが、宙に残った気がした。 あたしとカデシュの関係は、誰にも知られてはならなかった。 いつも皆が寝静まったあとに彼の部屋へ行き、皆が目を覚ますよりも早くに彼の部屋を後にした。あたしの部屋は侍女が出入りするから、いつもカデシュの部屋だった。 もう、何度となくそんな夜を過ごしていた。 初めて関係を持ったのは、城でなにかの集まりごとがあった日の晩だった。うだるような暑さの中、朧ろげな月が顔を覗かせていた。バルコニーの、生ぬるい風を覚えている。 特にどちらから、というわけでもなかった。珍しく屋上で話し込み、気がついたら彼の部屋で、そういうことになっていたのだ。 あたしたちは、そうやって始まった。 部屋に戻って鏡台の前に腰を下ろすと、深く息をついた。不思議なことに、何かから解放されたような気分だった。 お母様のものだったというこの鏡台は繊細で美しい細工が施してあり、やけに冴えないあたしの顔をくっきりと映し出していた。 好きだ、とか。 愛してる、とか。 そんな言葉をカデシュの口から聞いたことは、今までにただの一度もなかった。ただ、求められるがままに体を委ねるだけだった。 ――気が狂いそうだ。 濃厚な夜から解放された虚ろな朝は、絶望的な気分になった。永遠のような昼の時間を、これから過ごさなくてはならないのだ。 あたしは一体、彼のなんなのだろうか。 心のざわつきを隠すように、胸元に残された痕をファンデーションで誤魔化した。 昼間は、必要以上に言葉を交わさないようにした。あたしはすぐにぼろが出てしまうから、敢えてそうしようと思ったのだ。食事のときも、廊下ですれ違ったときも。 たまに、遠くから彼があたしのことを見ているのも知っていたけれど、気づかない振りをした。 周囲の目がひたすら怖くて、白い光に晒される昼は恐怖だった。あたしたちの罪を咎めるような陽の光。もしかしたらビアンカは気づいていたかもしれないけど、自ら口外する気にはなれなかった。 これは、恋なのか? 自分の中から湧き上がってくる悶々とした気持ちにも、目を背けるほかなかった。 昼は虚ろげで、夜は不透明で、苦しくて、苦しくて。 周囲の人々と自分を欺き続ける罪悪感と、体だけの関係を続ける背徳感が、さらに胸を締め付けた。それを無視できるほど、あたしは器用な女じゃなかった。 カデシュの気持ちを確認する手段を、あたしは持っていなかった。孤独だった。 ある晩あたしが部屋へ行くと、カデシュはバルコニーで空を見ていた。彼の姿はひどく朧ろげで、薄曇りの空に消え入ってしまいそうだった。まるで全然知らない人みたいに、遠かった。 「――何、してるの?」 あたしが声を掛けると、カデシュはゆっくりと振り返った。その瞳からは何も読み取ることができなくて、あたしは胸の奥がちくりとした。 「別に・・・何もしていない」 「そう」 あたしはようやくバルコニーに踏み出して、カデシュの隣に並んだ。 「見えないね」 カデシュは不思議そうな顔でこちらを見た。 「・・・星」 「あぁ」 あなたのことも、よく見えない。さっきまで辛うじて出ていた痩せた三日月も、すっかり姿を隠してしまっていた。 今、あたしたちを照らすものは何もなくて、部屋から漏れる微かな明かりが闇を濃くした。沈黙だけが空間を支配して、あたしたちはしばらく闇に溶けていた。 ふいに冷たい風が吹いた。あたしはくしゃみをした。 「中に入ろう」 カデシュはそう申し出たが、あたしはそれに沈黙で応えた。 そのままぼんやり何もない空を眺めていると、肩を抱き寄せられた。胸の奥で、何かが悲鳴を上げた。 ――もう、限界だ。 「カデシュ、もう終わりにしよう?」 カデシュの顔も見ずに、まるでひとりごちるようにあたしは言った。心の奥底から何かが暴れだしそうなのを、無理やり抑えつけるように。 「こんなのは恋じゃない。あたしたちは幸せになれないよ、カデシュ」 肩に置かれたカデシュの手が、ゆっくりと離された。世界は無音に包まれていた。 沈黙を破るように、あたしは続けた。 「こんなふうにこそこそして、ずるずる関係を続けて・・・ここからどこにも行けないよ。あたしたちは、ここから動けないんだよ。そんなの・・・苦しいだけだよ・・・」 最後の方は、うまく声にならなかった。あたしたちは、誰からも祝福されないかもしれない。目の奥が熱かった。泣いてたまるものか。 どんな言葉もほしくなかった。結論は出したくなかった。心の底で、全く期待がなかったわけではなかったが、どんな結末になっても幸福は訪れない気がした。彼が必要だった。でも、この逢瀬はあたしを苦しめた。とにかくこの雁字搦めの鎖から、早く解放されたかった。右の瞳から涙の粒が零れ落ちるのが分かった。 「だから、もう・・・」 終わりにしよう。そう言葉を紡ぐより先に、強い力で腕を引かれた。気づいたら、カデシュの腕の中に閉じ込められていた。彼はあたしの肩に顔を埋め、あたしの伸びかけのブルネットを揺らした。彼の肩越しの空が、ひどく揺らいでいた。 ――ひとりにしないで―― 微かな声が、耳元に落とされた。 あたしを抱きしめる腕が震えていた。 鼓動が、痛いくらいに何かを訴えかけていた。 ああ、何故。 何故こんなにも、鼓動が締め付けられるのか。 何故こんなにも、あなたは泣きそうな瞳をしているのか。 何故こんなにも、この緩い熱が愛おしくなるのか。 あたしは瞬間的に理解した。 あたしの寂しさはカデシュの寂しさで、カデシュの孤独はあたしの孤独だったのだ。 再び姿を現した細い三日月は、今度は涙で滲んで揺れた。 朧ろな月明かりの下、あたしたちはふたりぼっちだった。 「王に許可をとればいいのか?」 部屋に戻って少し落ち着いてから、カデシュがふとそんなことを言った。彼はベッドに腰掛け、目の前に立つあたしを見上げていた。 「それとも、お前の父親か?」 相変わらず抑揚のない声だったが、その瞳はずっと穏やかだ。 「許可ってねぇ・・・許可してもらえなかったらどうするのよ」 やけに生真面目なカデシュの発言にやや呆れながら、あたしは腕組みをした。カデシュは少し考えて、何かを企むような笑みを作った。 「許可せざるを得ない状況にすればいい」 どんな状況よ?と一瞬言いかけたが、悪戯っ子のようにあたしを見上げる彼の瞳から、ある単純な結論に思い当たり、頬が熱くなるのが分かった。 カデシュはあたしの手を取り、今度は真剣な眼差しで、唇を開いた。 「抱きたい」 夜は始まったばかりだった。 カデシュの腕の中で、幸せな、白い光の夢を見た。 明日はきっと、違う朝が来る。 〜Curtain Fall〜 【後記】 ここまで読んでくださった皆さん、ありがとうございました! なんだか小説を書いたのは初めてくらいの勢いなので、ちょっと暑苦しい文章になってしまい、ごめんなさい。。 改めて読み返してみると、ドリスがかな〜り別人ですね(汗)でもドリスの独白としてはこんなもんのテンションなんじゃないかと勝手に判断(コラ) 宇多田ヒカルの『FINAL DISTANCE』にインスピレーションを受け、書いてみました。少し大人っぽい雰囲気にしたかったのです(失敗☆)テーマは「秘め恋」です。 お粗末な文章ですが、感想などいただければ嬉しいです。 ではでは、ありがとうございました。 すずひめ わたくし管理人ととてもデステニーな関係の(笑)すずひめさんからいただきました! わっは!わっはー!!ご覧になりましたかー!!? すっごい大人〜なカデドリですよ皆さん! 直球なカデさんが、やけにリアルに感じるのはなぜでしょう(笑) ドリスのような悩みって、女性なら一度はありそうな感じですものね〜。いやはやすずひめさん、すごいです!さすがです! ご投稿ありがとうございましたー!! |
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