●カデドリ同盟 |
○皆さまからの投稿作品 |
常に飢えていた。 自分自身に対しても他者に対しても、何の説明も要さないものに。 アンコンディショナル・ラブ 作:すずひめさま あと、3年。 それが無惨にも告げられた、私に残された時間だった。 不思議と驚きはなく、焦りもしなかった。 自分をどこか遠くから見ているような。 このことを誰かに告げるべきなのか、それとも誰にも言うまいか。 ただそのことだけを考えていた。 蒸し暑い日だった。 この頃、こんな日が続いている。 自分の余命を宣告されてから、できるだけひっそりと過ごそうと思っていた。 普段はあまりすることもない。 本を読むか、遊びたい盛りの王子の相手をするか、だ。 あまりに平穏で、これまで自分が辿ってきた命運とも、迫り来る死の影とも、似ても似つかない。 いや、それとも、死とはこういうものなのだろうか。 いずれにせよ、自分ひとりだけ「カウントダウン」が始まっているという事実に、周囲から隔絶されたような気分になった。 そもそも、私はここで暮らしているが、ここは私の家ではない。 それも一因かもしれなかった。 自分ひとりで消えていくことが出来たら、どんなに楽だろうか。 しょっちゅう、遠い故郷を思い出した。 遠く霞む、幽かな記憶。 温かくて、恐ろしい、だけど愛おしい。 忘れたくは、なかった。 深く傷の残る胸が、きりきりと痛んだ。 「カデシュ!」 頭の上から、女の声に呼ばれた。 「アンタまたそんな日陰で本なんか読んでるワケ?そんなんだからモヤシっ子なのよ!」 ドリスがバルコニーから身を乗り出し、中庭のベンチで読書をしている私を見下ろしていた。声を掛けられたことで、少し現実に引き戻された気がした。このところ、白昼夢をよく見ている。 「別にいいだろう」 適当に返事をして続きを読んだ。彼女と言葉を交わすのは嫌いではなかったが、この頃はとてもそんな気分にはなれなかった。 しかし、突然本を取り上げられた。 「みんなで海にでも行かないかって、話してたの。こーんないいお天気なんだからさ!こんなとこにいちゃ、もったいないわよ!」 いつの間にか中庭まで降りてきていたドリスだった。彼女は、私から奪った本の背でトントンと自分の肩を叩きながら、半ば呆れたような口調でそう言った。 「アンタも行かない?」 「・・・いや、いい。こんなときに海なんて、暑いだろう」 「暑いから海に行くのよ!大体真夏に黒っぽい服なんて着てるから、余計に暑苦しいのよ」 彼女は、短めのタンクトップにミニスカートだった。 華奢ながらも健康的な肢体が、太陽の光を弾いていた。 エネルギーに満ち溢れる、弾けるような笑顔で、彼女は私の運命を知らず、そこに立っていた。 「青い空!白い雲!焼ける砂浜!割られるスイカ!こんな日には海に行くしかないって決まってるのよ」 スイカはお前が食べたいだけだろう。そう突っ込もうかと思って、やめておいた。 彼女は眩しかった。 とてもじゃないが、私には手の届かない輝き。 「・・・これから行くのか?」 「お!行く気になった?」 「別になっていない」 なーんだ、と彼女はつまらなそうに呟いた。 この女、思ったことを全て口に出しているのではないのだろうか。 「ちなみに参加メンバーはね、テンソラでしょ、坊ちゃんでしょ、それからビアンカね。サンチョは夏バテでダウンしてるから、このメンツよ」 ドリスは指折り数えながら、そう言った。 「・・・ここから行くとなると、ちょっとした旅行だな」 山間にあるこの国からだと、海へ行くには随分と遠出をしなくてはならない。もちろん、ルーラを使えば一瞬であるわけだが。 私は、幼い頃両親に連れられて行った美しい湖のことをぼんやり思い出していた。色褪せた記憶。 あのときの昂ぶった気持ちだけが僅かに残っている。 父がいた。母が微笑んでいた。 そう、行き先は別にどこでも良かったのだ。 しばらく沈黙が続くと、どういう訳か彼女は私の隣に腰を下ろし、ふぅ、と息をついた。今にでも出かけようという剣幕だったのに。 「お前は行かないのか?」 「行かないとは言ってないじゃない。でも」 ドリスはすらりと形の良い脚を伸ばし、晴れ渡った空を見上げて、ぽつりと言った。 「たまには独りぼっちなアンタの相手でもしてあげようかなって」 いつもの憎まれ口だったが、嫌味でも恩着せでもない、独り言のような響きだった。 「ふとそう思っただけよ」 「そうか」 ドリスは、じっと何かを考え込むように、膝の上の、私の本の表紙を見つめていた。まるで、そこに探している答えが書いてあるかのように。 私はドリスが隣にいることに、不可解な感情を抱いていた。 生と死。 そんな対照的な二人が隣り合っているかと思うと、少し笑えた。 生と死は混ざり合うことはないと思っていたが、触れることは出来る距離だ。 「カデシュはさ・・・自分の故郷のこととか、家族のこととか、思い出したりしない?」 突然ドリスがそんなことを言った。 なんのテレパシーだ。 「カデシュのお母さんは、どんな人だった?」 「何故そんなことを聞く?」 「なぜって・・・別に、聞いてるだけよ」 ドリスは少し気まずそうに俯いた。ブルネットの前髪が揺れて、甘い匂いが少しした。 「そうだな・・・私の母上は・・・」 いつも微笑んでいた。いつも抱きしめてくれた。いつも優しい歌を口ずさんでいた。 「お前とは真逆のタイプだったな」 悪かったわね、とドリスは小さくこぼして、また空を見上げた。 私は少し反省した。そんなことを言うつもりは全くなかったのだ。私の何の気ない一言がもたらした静寂に、少し胸が痛んだ。 しかし、再度その静寂を破ったのは彼女だった。 「カデシュ、最近何か思いつめてない?なんだかこの頃・・・わざと独りになろうとしてるじゃない?あたしの・・・思い過ごしじゃないよね・・・?」 どきりとした。 「何か悩んでるなら・・・隠さないで、言って?」 ドリスは私の瞳を覗き込むようにして、やわらかい声でそう言った。 何もかも、見透かされているような気がした。 実際、彼女は気づいているのかもしれない。 知られたくない。知ってほしい。 相反する二つの気持ちが同時に沸き起こり、心がひどくざわついた。 昔、何か隠し事をしていて、それを母に悟られたことがあった。 母は身をかがめて視線を私の高さに合わせ、私の肩に手を置いて、優しい声でこう言った。 「カディ、怒らないから、言ってごらん?」 それを母に知られるのはとても怖かったが、母のやわらかい声は、私の中にとある感情を生み出させた。 ――許されたい――。 「・・・お前は、自分が死んだ後のことを、考えたことはあるか?」 ドリスは肯定も否定もせず、じっと私を見つめていた。 「人はいずれ死ぬ。早いか遅いかの違いはあるが、いずれは死ぬ。今自分が見ている世界も、周りにいる者たちも、心に抱えている想いも、全て消えてしまう。自分の意思に関わらず、なす術もなく消えてしまう。それが・・・怖いのだ。そんな思いをするくらいなら、初めから何もなければ良かったのだ」 自分の意思とは無関係に、口が動いていた。まるで堰が切れたかのように。 「独りでいれば、何も感じずにいられた。独りでいれば、強くいられた。だが、こうして人と交わって、独りでなくなってしまえば、人間は脆く、弱くなってしまう。失うことが怖くて、動けなくなってしまう」 深層心理でわだかまっていたものが、一気に溢れ出た。 ひどく揺らいでいた。私を見つめ続けるドリスの瞳を、私は見ることが出来なかった。 「カデシュ・・・」 幽かな声で、ドリスが口火を切った。 「あたしは、大切なものができたから、強くなれたよ。失うのが嫌だから、もがいて、戦って。そういう力を、大切なものたちから貰ったよ」 彼女は、静かに、ゆっくりと、言い聞かせるように言葉を紡いだ。 「弱くたって、いいじゃない。臆病だって、いいじゃない。逃げてしまったら、本当に何も残らないわ」 何も残らない。 ぐさりと突き刺さるような言葉だった。 「逃げてなどいない」 「逃げてるじゃない」 何も知らない癖に。 死の予感などとは、全く無縁の女。 何故か無性に、彼女が妬ましかった。 「・・・お前に何が分かる。これ以上私に干渉するな」 ばちぃぃん! 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。 音と、衝撃と、一瞬遅れて左頬に鈍い痛み。そこでようやく自分が殴られたのだと認識した。 「アンタね・・・馬鹿じゃないの?!」 気がつくと、先刻私を殴ったと思われる右手を胸元で握り締めたドリスが、私の前に立ち、私を睨み付けていた。今にも泣き出しそうな目で。 「なんでそんなこと言うのよ。確かにアンタが何を考えてるかなんて、あたしには分からないわよ。ただ、最近のアンタは・・・生きることを・・・あ、諦めてるみたいに見えて・・・」 見る見るうちに、彼女の目からは大粒の涙が零れはじめた。 「ドリ・・・」 「もがきなさいよ!もがいてもがいて、生き抜いてみせなさいよ!今のアンタは、ただの腑抜けじゃない!傷つくのが怖い?失うのが怖い?甘いこと言ってんじゃないわよ!人はみんなそうやって生きてるのよ!傷つきながら戦って、失ってもまた手に入れようともがいて、最期は満足して笑って死んでいくのよ!何を恐れるの?しっかりと立って、胸を張って生きなさいよ!!」 ドリスはそこまで言い切ると、肩で息をしながら、ようやく涙を手の甲で拭った。 私は咄嗟に、何と言って良いのか分からなかった。 心の奥から、何か熱いものが込み上げてくるような気がした。 それは左頬の痛みよりも強く、私の中の何かを激しく揺さぶっていた。 「・・・もう一度・・・」 「はぁっ?!」 「・・・もう一度、言ってくれ・・・」 あろうことか、目の奥が熱くなり、視界がぼやけてきた。 「カデシュ・・・?」 「生きてもいいと・・・言ってくれ・・・」 許されたい。 生きることを。 ここにいることを。 彼女の隣に、いることを。 恐れていたのは、かつて私が手にしていたものだった。 それを失った私は、再び手にすることを恐れていた。 まるでそのもの自体が、恐ろしいものであるかのように。 だから。 独りで消えて行けたら、一番楽だと思っていた。 何も知らず、何も感じず。たった独りで。 「・・・カデシュ」 優しい声が、私の名を呼ぶ。両親から貰った、私の名前を。 「ずっと、あたしが隣にいて、アンタが生き抜く様を見ていてあげるわ。ずっと、ずっとよ」 今日初めて、ドリスの瞳を見た。顔を上げて、逸らさずに。 彼女は許してくれそうにはなかった。 私が、諦めることを。 彼女は許してくれた。 私が、ここにこうして存在することを。 穏やかな声、やわらかい瞳。 眩い光の中、彼女はうつくしく微笑み、温かい眼差しで私を包み込んでいた。 守られている。許されている。 愛されている。 私は常に欲していたのだ。 ただ、それに気づかないようにしていた。 手に入れても、失うことが怖くて、自分を欺いていたのだ。 無条件に、私を受け入れてくれる存在を。 「悪かったわね・・・その、殴ったりして」 しばらく後、ドリスは気まずそうに言った。 「ああ・・・かなり効いた」 実際頬の痛みなど忘れていたが、いつもの癖でそう言ってみた。 可愛くない奴、と彼女は拗ねた様に呟き、いつの間にか地面に落ちていた本を拾い上げ、私に押し付けた。 「で、結局、海には行くの?」 ・・・・・・。 ・・・そんなに行きたいのか・・・?! 私自身、海のことなどすっかり頭になかったため、正直驚いた。 同時に、笑いが込み上げてきた。 「・・・ちょっと・・・!何笑ってんのよ?!」 少し怒ったような表情が、更に笑いを誘う。 くつくつと笑い続ける私を呆れたように見下ろし、彼女は痺れを切らして言った。 「で!行くの?行かないの?」 幼い頃の、逸るような気持ちを少し思い出した。 「・・・たまには悪くないかもな」 「・・・素直じゃない奴!まあいいわ、早く準備してきてよ。きっとみんな待ちかねてるわ」 素直じゃないのはどっちだ。 浮かれたような足取りで階段を駆け上がっていったドリスを見送って、私はようやく席を立った。 行き先はどこでもいい。 ただ、一緒に生きられれば。 降り注ぐ光の中、自分の運命に最大限に抗ってやろうと。 生の裏側に死があるのだとばかり思っていたが、生の先に死があるのだ。 この世界に生きる全てのものが、私と同じ『生』の時を共有している。 彼女と同じ、『生』を共有している。 願わくば。 来たる最期の瞬間まで、彼女の瞳が私から逸らされることのなきように。 彼女の瞳の中で、永遠に生き続けられるように。 〜Curtain Fall〜 【後記】 どうもどうも、すずひめです。 2作目はカデシュ視点の話にしてみました。 Unconditional Love――無償の愛。 シンディ・ローパーのカバー曲が有名ですが、私はスザンナ・ホフスのヴァージョンの方が好きです。自分の結婚式(何年後だか)のBGMに使いたいくらい(笑) とは言っても、この曲を知ったのは椎名林檎がカバーしてるのを聞いたのが最初なのですが。。林檎ちゃんの対訳がたまらなく好きなので、少し参考にさせてもらいました。 今作のテーマは、ズバリ『死』です。 実際、カデシュはそれほど長生きできないんじゃなかろうかと、不吉なことを考えて出来た作品です。暗くならないように努めたつもりですが、どこか切ない感じになればいいな・・・と思って書きました。力量不足は否めませんが。 若干、ドリスの発言にハ○ジっぽいものが見受けられますが、お気になさらずに(笑) ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました! すずひめ すずひめさんから2作目をいただきました! 「俺は、許されたい」……どこぞのチョコボ頭の彼を思いだしてしまいました(こら!笑) 死って、生きる上で絶対に免れないものですものね。カデシュのように余命とか言われると、周りが霞んで見えるのも無理はないかなあと思っちゃいます。 切ないカデさんと、元気で優しくて生命力に満ちあふれているドリスのやりとりが、何とも言えずに心揺さぶるお話ですよね!ううう! ご投稿ありがとうございましたー!! |
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