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Novel
ブレイブストーリー > 願いにも似て

 雨が降り続いた、休日の午後。
 夏休みに入ったと言っても、梅雨明け宣言はまだ公式には発表されていない。おそらく数日後には明けるのだろう。
 そんなじめじめした、不快指数高めの休日のことだった。
「芦川ー、プリン買ってきたよー」
 コンビニ袋を下げた亘が、マンションの奥の部屋に向かって声をかける。しかし、奥からはうんともすんとも返答がない。
 まあ、想像は付いた事態だった。

 塾にも出てこなくなった芦川美鶴が、どうやら風邪をこじらせたらしいという情報を得てきたのは、美鶴が新しく転校した隣の市にある学校の、女生徒だった。
 亘と同じ学校にいる頃もそうだったが、やはり新しい学校でも、美鶴は女子に大人気らしい。
 少し前から風邪っぽい症状だったらしいのだが、ここ数日の夕立に打たれ、一気に症状が進行してしまったようだ。

 そんなわけで美鶴のお見舞いにやって来た亘は、高熱にうなされて満足に食事も取れていないらしい美鶴を見るに見かね、とにかく何か胃に入れなければとコンビニに出かけたというわけだ。
 キッチンのテーブルには、美鶴の叔母が作って置いてくれたらしい食事があったのだが、とても手を付けられるような病状ではなさそうだ。

 亘が選んだプリンは、亘が寝込んだときに母がよく買ってきてくれたものだ。喉を通りやすいし、弱った体には糖分と水分をとってエネルギーを補給するのが一番、というのが母の持論だった。
「芦川、起きられる?」
 ドアを開けると、苦しげに熱い息を繰り返す美鶴が、ベッドに横たわっている。先程玄関を開けてくれたときよりも、苦しそうな感じが増している。
 亘は不安になった。自分は一人っ子だし、病気の誰かの面倒を見たことなんてない。亘自身が寝込んだときは、いつも母さんが側で看病してくれたのだが。
「ああ……、三谷……?」
 ぼんやりと首を回して、美鶴は目を開いた。
 熱にうなされて、目の焦点が微妙に合っていない。おそらく自分でも驚くほどの高熱なのだろう。
「ゆっくりしてなよ芦川。きっと疲れが出たんだよ」
 幻界でも一人ぼっちで、猪突よろしく突っ走るように旅を続けた美鶴。誰に頼ることもなく無理を続けたに違いない。
 口には出さなかったが、亘は、塾で美鶴が倒れたと聞いて、「無理もない」と思ってしまったのだ。自分を追いつめるようにしてしか、目的を達成できない不器用な美鶴。それを、幻界の旅を通して知ってしまった亘だから。
「……みた、に……」
 掠れた声で、美鶴が呟いた。
「うん?」
 亘が顔を向けると、美鶴はぼうっとした目を亘に向け、微かに手を伸ばした。
 ―― ああ、そうだよね。
 何も聞かずに、亘は伸ばされた美鶴の手を取った。熱を孕んで熱い美鶴の手を、ぎゅっと握ってやる。すると美鶴は、ほっとしたように息を吐き出した。
 寝込んだときにたった一人きりでいることが、どれだけ心細さと物悲しさを助長するか。亘にはそれがよく分かった。
 美鶴は何を思ったのか、無理やり上半身を起こした。
「芦川、ダメだよ寝てないと……。それとも何か食べる?」
 そのどちらにも首を振って、美鶴は心配そうに顔をしかめる亘の体に寄りかかった。
 唐突にもたれかかられて、亘はびっくりして飛び退きそうになる。しかしそれを何とか我慢して、されるがままに美鶴の体を受け止めた。
 美鶴の体は驚くほど熱かった。燃えるように熱を帯びた全身は、既にほとんど感覚を失っているらしく、亘の肩に頭を寄りかからせて、美鶴は荒い息を繰り返している。
 おそらく、叔母が飲ませてくれてから、きちんと薬を飲んでいないのだろう。
 亘の肩に額を、頬を押しつけ、美鶴は力なく目を閉じる。まるで、そうしていると亘の手が自分の肩を、腕を、髪を、優しく撫でてくれるのではないかと期待するかのように。
 亘は、ベッドに横になったら、と言いかけてやめる。
 寝ていた方が体には良く、治りも早いのは分かりきっているのだが、どうやら美鶴はこのままでいてほしいらしく、亘もそれを嫌だとは少しも思わなかった。
 だから、美鶴自身が「もういい」と言うまで、美鶴を抱いていてあげようと思った。
「辛いだろ? 可哀相に」
 美鶴のパジャマの背中を、小さい子供によしよしするように優しく撫でてやる。
 どこかくすぐったく感じるらしく、美鶴はありったけの抵抗のように、「ふん」と小さく鼻で嗤った。けれど、亘の手がひどく心地よくもあるようだ。
 虚勢を張らずともいい居場所。
 自分を分かってくれる人がいるということ。
 それは、美鶴にとっては泣き出したくなるような居たたまれなさをも、同時に感じさせたのだけれど。
 熱が下がらなければいい、と、美鶴は重い頭で思った。このまま亘に抱かれていられるなら、このままずっと、熱が下がらなければいい。そうすればこうして、亘にワガママを言える。亘が優しく接してくれる。
「……三谷」
「うん?」
 ありがとうな、と口走りかけて、美鶴は慌てて唇を噛んだ。
 感謝の言葉なんて、照れくさい上にどうにも言い慣れない。妙なところでプライドの高い美鶴には、まだ素直に「ありがとう」を言うことはできなかった。
 雨は、今も窓の外で降り続けている。
 木々の葉を叩く雨音と、亘の鼓動とが混ざり合って、うっとりするような優しい眠気が美鶴を包み込んでいく。
「……もう少し、このまま……いいか……?」
「うん。……このまま寝てもいいよ」
「ん……」
 熱のためにうっすら涙のにじんだ目を見られないように、美鶴はそっと伏せた。
 熱が、このまま下がらなければいいのに。
 それは、願いにも似て、切なる想い。


すいません転校、というのは原作設定ですよね忘れてました。
ミツワタはナチュラルに夫婦みたいだと萌えます。お互いがお互いに依存してるような。
原作だと美鶴の方が男らしい性格なんだよね。て言うか亘が女の子っぽいのかも。

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