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Novel
DRAGON QUEST V + 天空物語 > Little Apple Kiss

 夕食後のデザートだと言って、サンチョに持たされたのは、華奢な皿に盛られたリンゴだった。
 何であたしが、と口を尖らせるドリスにサンチョは、悪戯っぽく片目をつぶって見せて、
「仲直りをするチャンスでは?」
 なんてちょっとした爆弾発言をする。
 ドリスがカデシュと「壮絶な」ケンカを繰り広げることは、誰が見ても分かるような規模だから一目瞭然なのだけれど、時たま、今回のように、傍目には到底そうとは分からないようなケンカをすることがある。
 ―― 何で分かったの!?
 そう叫びかけて、ハッと口を押さえる。サンチョはニコニコと邪気のない微笑みを浮かべ、
「男と女のケンカというのは、時として理由が本人同士にしか分からない、甘いものである可能性があるんです。……坊ちゃんとビアンカちゃんがそうでしたからね」
「え」
 坊ちゃんと、ビアンカが?
 それは、聞きたいような、聞いてはいけないような……。
「まあとりあえず、カデシュさんに持っていってください。茶色くなる前に」
 わざわざ変色するリンゴを持たせるなんて、もしかしてサンチョって意外と抜け目のない人物?
 変色前に持っていかないといけないという、タイムリミット付きなんて。
 胸中でぶつぶつ言うドリスの背を「さあさあ」と廊下に押し出して、サンチョはもう一度片目をつぶって見せた。


 軽いノックの後で部屋に入ると、カデシュは船室に備え付けのソファに浅く座って、古びた魔導書をめくっていた。
 長めの髪を縛り、薄い唇を引き結んだまま、紅色の瞳だけが書物の上を行き来している。
 二人がけのソファの隣に、どすんと座ると、カデシュは初めて気付いたというようにドリスを見やった。驚いた様子もないその顔に、ドリスはどこか苛立つ。
「リンゴ」
「ああ、そこへ置いておいてくれ。後で食べる」
「茶色くなるわよ」
「ああ」
 カデシュの目は、既に本の上に戻されていた。それが誰の本であるのか、またどんな内容であるのかドリスは知らず、また興味もない。堅苦しくて小難しい魔導書なんて、読んでみようという気にもならないし、開いてみようという気さえ抱いたことはない。
 そんなに面白いものなのか。
 何となくそこを立ち去りがたくて、ドリスはカデシュの横に座ったまま、持ってきたリンゴを1つ取ってかじった。酸味が強くて、少し固い。
 しゃら、とカデシュがページをめくる音。作りつけのデスクには、どこの町かで仕入れたらしい幾冊もの魔導書が積んである。タイトルを眺めても、その文字すらドリスには解読不能だった。
 ぼんやりした照明と海の香りと、魔導書の放つ古い本の匂い。それらが、沈黙を際だたせる。
 ケンカの原因が一体何だったのか、ドリスは思い出せないでいた。
 サンチョが言うような「甘い理由を伴った」ケンカではなかった、とも絶対には言い切れないが、どうも違うような気がする。
 ―― 今更、原因などどうでもいいのだけれど。
 しゃく、とドリスがリンゴをかじる。
 置き去りにされたような物悲しさと、自分を見ようともしないカデシュに対する苛立ちが、体の中に同時に起こった。
 ずっと、そうだった。
 一旦本の中に入ってしまうと、カデシュはどうも、ドリスの存在を忘れがちになる。
 それがそんなにいいものかと、その度にドリスは金文字の入った古めかしい装丁の古本を睨み付けたものだった。
 ああ、そうだった。
 ドリスは唐突に思い出す。
 ケンカの原因は、これだったのだ。
 あの日も、あたしが話しかけてるのに本ばっか読んでまともに顔も上げないし、空返事ばっかりで張り合いがないったら。
 もういい!なんて強めに言って退席したのだが、だとするとケンカしているという認識さえ、カデシュにはなかったのかもしれない。
(何よ……)
 リンゴを一切れ食べてしまったドリスは、いよいよすることがなくなった。カデシュは黙りこくったまま、熱心に魔導書を読んでいる。
(今ここで……)
 あんたが好きなの。
 そんなセリフを呟いてみたら、カデシュはどんな反応をするだろう。
 「ああ」とか「うん」とか、きっとそんな返答しかしないのだろう。基本的に、聞いていないに等しい。
(あたしは魔導書より優先ランクが低いってわけね!)
 自分が子供じみたヤキモチを妬いていることは、ドリスも気付いていた。そんな自分にも腹が立って、ドリスは勢いを付けてソファから立ち上がった。
 立ち去ろうとして、ふと立ち止まる。
「カデシュ」
「うん? ん……ッ」
 リンゴの入った皿を片手に、空いた片手で自分を見上げたカデシュの首を引き寄せて。
 ドリスは自分をちっともかまってくれないカデシュの唇を、身を屈めて塞いだ。舌をねじ込み、酸味のある果汁が残った唾液を、彼の口内に残していく。
「早く食べなさいよ、これ」
 唇を離すと、ドリスはサッと身を翻し、魔導書で占領されているデスクの上に、リンゴの乗った皿を置いた。
「ド……」
「じゃね」
 ふいっと踵を返して、ドリスは空になった手を振った。
「ふんだ、ザマァミロだわよ」
 後ろ手にドアを閉めて、ドリスは廊下でふふっと笑った。
 不意を付かれたカデシュの、あの驚いた顔ときたら。
 今頃カデシュは、突然のドリスの口づけの余韻に戸惑い、憮然とした顔つきでリンゴの皿を手にしているだろう。
 きっともう、本どころではない。
 さあ、皿の上のリンゴを一切れ食べてみなさいよ。
 さっきのキスと、まったく同じ味がするから。
 ちょっとした復讐を果たしたかのように、どこか晴れ晴れとした気持ちで、ドリスはキッチンへ向かった。
 サンチョに、もう一つリンゴをもらおう。
 キスの余韻を、カデシュとは離れた場所で、それでも同時に味わいたいから。


完全にデキた後のカデドリです。
おそらく、カデシュ帰還後にドリス共々坊ちゃんの旅に同行しているようなイメージで。
よく考えれば、カデシュのような強い魔導師を坊ちゃんがパーティーに入れないわけないよ。
好感度パラメーターをかなり上げていかないと仲間にはなってくれない上に、
なったらなったでドリス同行させないと戦闘サボる厄介なキャラだといい(笑)
誰か、そんなゲームを誰か……。

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