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Novel
DRAGON QUEST V + 天空物語 > 運命の人〜世界で一番…〜

 ことの始まりは、フローリア号に乗り込んでいたオーゼルグのひと言だった。
「もうずっと長い間、愛だの恋だの、そんな甘っちょろいもんからは切り離された生活だったからなあ」
 テンソラたちと戯れながら、何気なく呟いたその言葉が、よもやこのような騒動を引き起こしてしまおうなどと、当のオーゼルグもまったくと言って予想だにしなかったことだった。


 快晴の空。
 穏やかな波は、心地よく爽やかな潮風を運んでくる。
 フローリア号の船体に打ちつける波はキラキラとその飛沫を上げ、規則的に上下する船を、ジドルディドルからグランバニアへ向けて押し進めていた。
 船の甲板で、いつものように仲間モンスターたちと戯れて遊んでいたテンソラのもとに、オーゼルグが望遠鏡片手にやって来たのも、いつものこと。
 オーゼルグはそれまでの生活では見ることのなかった、明るく無邪気な二つの笑顔を愛していた。
 かつて自分にもそういう時代があったのだと、懐かしくあたたかな気持ちにさせてくれる、この小さな二つの煌めきを愛していた。
「どうしたの、オーゼルグ」
 ソラが、自分たちを何だかニヤニヤしながら見ているオーゼルグに気付いて、そう尋ねた。
「いやあ」
 彼は自分の腰辺りにも届かない小さな双子を見下ろして、口の端を上げて笑った。
「お前さんたち見てるとよ、何つーか、こう、陸の暮らしも悪いもんじゃなかったなあって、そんな気持ちになったりするのさ」
「ふうん?」
 キョトンとなって見上げたテンは、ゲレゲレの上に覆い被さるようにして乗っかって、オレンジ色のたてがみに顔を埋めた。
「でもぼく、海のうえもすきだよ?」
 口を子猫のようにへにゃっと歪ませて、大きな瞳で言った言葉に、オーゼルグは思わず笑った。
「もうずっと長い間、愛だの恋だの、そんな甘っちょろいもんからは切り離された生活だったからなあ」
 自嘲するように言ったその言葉に横からツッコんできたのは、昼食の用意が出来たと知らせに来たドリスだった。
「なーんか、オーゼルグの口から愛とか恋とかって言葉を聞くと、ビックリしちゃうよね」
「あん?」
 苦笑いして、オーゼルグが振り返った。
 ドリスはいつものへそ出し腿出しの刺激的なファッションで(本人はまるで気に留めていないから重罪である)、船室へ続くドアから歩いてくると、ちょうど日陰になっているところに腰を下ろして読書をしているカデシュにチラリと目をやってから、
「だって、海賊船みたいなムサいとこでずっと生活してたんでしょ? 恋なんて、なーんか似合わないって言うか」
「おいおい、俺にだってそういう時代はあったぜ?」
「へー、そうなの?」
 ドリスの目が好奇に揺れたのが分かった。
 女のコは、この手の話には弱い。好奇心をくすぐられると、ドリスは何だかニヤニヤしたような面もちでにじり寄ってきた。両手を後ろで組んで、下から見上げるように上目遣いでオーゼルグを見る。
「いつ? 誰と? どんな感じ? 告白したの? どっちから? どこまでいったの?」
 サファイアのような瞳が、キラキラ輝いていた。
「ヒミツだ」
 ニヤッと笑って、オーゼルグは肩をそびやかした。
「何よー、別に教えてくれたって損しないでしょー?」
 怒ったように言いつつも、目は笑っていた。
「教えなさいオーゼルグ! でないと夕飯のデザート抜きだからね!」
「おっと、そいつは辛ェな」
「でしょ!? 何せ今日のデザートはサンチョ特製のチョコレートムースケーキなんだから!」
 いいねぇ、と、オーゼルグは想像して舌なめずりをした。
 チョコレートムースケーキは、サンチョが作るデザート類の中でも特別美味しいもので、一度食べたら他のチョコレートケーキは食べられないと、ドリスのお墨付きをもらっている絶品中の絶品なのである。当然、テンもソラも、カデシュでさえもが好物だったし、どんなにお腹がいっぱいでも、チョコレートムースケーキだけは誰も残したことがないのだ。
 それが自分だけ食べられないというのは、もはや拷問に等しい。
「ねっ、だからほら、洗いざらい吐いちゃえ!」
「いーや、ダメだ」
 軽く言われて、ドリスはガクッとコケた。
「なんでよぅ!」
「これは俺様だけのヒミツだからだ」
「あんたねえ」
 ふふん、となぜか得意げに胸を張っているオーゼルグを呆れたように見た。
「別にどうってことないじゃん、初恋なんて。誰でもしてるもんなんだしさ」
 その言葉を、オーゼルグは聞き逃さなかった。
「ほー」
 何だか意味ありげに腕を組んで、ドリスをニヤニヤと見下ろすと、
「ってことは、お前さんも一人前に経験があるってこったよな? ハツコイ」
 途端に、ドリスはサアッと青ざめた。
「えー、はつこいー?」
「ドリスの?」
 好奇心から、周りに集まってきたテンたち。オーゼルグはニヤリと意地悪く笑った。
「で、どこのどいつなんだ? お前さんの初恋の相手ってヤツぁ」
「だれ? だあれ?」
 テンがくりくりした目をして、ゲレゲレに戯れたまま笑顔を向ける。
 その隣で、ソラは先程から奥の日陰で読書をしていたカデシュが、こちらを凝視していることに気付いた。彼はソラと目が合うと、途端に我関せず、といった顔で再び本に目を戻す。
 ソラは誰にも気付かれないように、くすっと笑みをもらした。おませな6歳は、「何か」に気付いてしまったらしい。
「うう……っ」
 冷や汗をダラダラと垂らしながら、うめくようにそう言うと、ドリスはゆっくりと後ずさった。
 しかし、ホイミン、コドラン、どらきちに背後に回り込まれてしまう。
 逃げられない。
「誰なんだ? ん?」
「………ッ」
「俺たちにゃ言えねえようなヤツか?」
 ニヤニヤしながら、オーゼルグは距離を詰めてくる。
 ドリスは真っ赤になったり真っ青になったりしながら、ジリジリと後ずさりをする。しかし、背後も固められているため、逃げられないことは分かっているのだ。
「ねえ、だれなのドリス?」
 テンが、ゲレゲレに乗っかって、そのたてがみをふさふさと弄びながら言った。
「サンチョ、じゃないよね? オジロンおじさん?」
「違うわよ!」
「じゃあピピン?」
「でもない」
 キッパリ即答だった。この場にピピンがいたならば、きっと埴輪になって枯れ果てていたことだろう。
「兵士のだれか? 庭師さん? お勉強のせんせー?」
「ブブー!」
「じゃートウヤとか」
「ちがーう」
「分かった! カデシュでしょ!」
「絶ッッッ対!! イ・ヤ!!!」
 不自然なほど、力一杯そう言った。オーゼルグは眉間に手をやり、「ああ……」とでも言いたそうな顔をしてうつむいた。悲痛な顔ではない。必死に笑いをこらえていた。しかし、端から見ればそうと分からないところが大人のやり方である。
 ソラが、「おいたわしや」という目をこっそり奥のカデシュに向けたが、彼は本に没頭しているらしく顔も上げなかった。
「じゃあだれなのー?」
 唇を尖らせて、テンがドリスを見上げた。
 ドリスは困り果てたような顔をして、しばらくうなっていたが、
「お、教えられない。絶対、誰にも、教えられない……。特にあんたたちには、絶対に……」
 そうブツブツ呟いたかと思うと、背後のコドランたちをブッ飛ばして駆け出した。
 ブッ飛ばされたコドランたちは、それぞれに短い悲鳴を上げ、ササッとテンソラのもとに飛んでいく。テンソラはドリスが光速ダッシュで甲板を横切り、ドアを壊さんばかりの勢いで開け放って船内に飛び込んでいくのを見送って、ポカーンとなった。
「だれなのだれなのー? 『はつこい』ってだれなのー!」
 テンが両手をバタバタさせて叫んだ。オーゼルグが両腕を組んだままで尋ねる。
「テン坊、お前さん、『初恋』って何のことだか分かってんのか?」
 ほえ? という顔で自分を見上げたテンを見て、オーゼルグは「お前ってヤツぁ」と苦笑し、テンのツンツン頭をがしがしと撫でた。
 その横で、ソラは先程から1ページもめくられた様子のない本を凝視しているカデシュを眺めて、ほくそ笑む、といった言葉がピッタリ合いそうな笑みを小さく浮かべていた。


 そして、その夜。
 無事全員がチョコレートムースケーキを堪能し、テンソラがベッドに入った後のことだった。
「あーあ」
 甲板に出て両腕を上空で互い違いに交差させて、伸びをしながら、ドリスはため息をついた。夜の潮風は、身体にまとわりついてくるような感じがする。
「まったくサ、ヤバイとこだったよ、ホントに」
 今夜は美しい月夜だった。三日月が、弓のような形で輝いている。
「何がヤバイんだ?」
 見張り台の上から振りかけられた声に、思わず振り返って見上げると、そこには望遠鏡を片手にしたオーゼルグが、ニヤニヤと締まりのない顔でドリスを見下ろしていた。
 これはマズイ、とばかりに逃げようとするドリスを見て、オーゼルグは見張り台から飛び降り、彼女の数歩前にドカッと着地した。
「そう何度も逃げられると思うなよ、ドリス」
「あ、危ないセリフね〜」
 華奢な肩を両手で抱いて、ドリスは数歩後ずさった。
「今は俺しかいねえ、遠慮なく、吐け」
「そうはいかないわよ」
 ジリジリっと、互いに牽制し合うように間合いを取った。
「甘いわねオーゼルグ。そう簡単にあたしの口から聞き出せると思ってんの?」
「ヘッ、甘いのはそっちだぜドリス。力ずくでも聞きだしてやっから、覚悟しな」
 その言葉がイグニッションキーとなり、互いに素手で、戦闘態勢を取った2人。
 拳を構え、ドリスが牽制の一撃を繰り出そうかと思った瞬間、オーゼルグが1歩動いた。
 ヒュッと空を斬る音がして、オーゼルグの繰りだした拳打はドリスの肩の数センチ横を過ぎた。
 拳打をかわしたドリスは、身体を反転させたその反動を利用し、オーゼルグの分厚い胸板に必殺の上段蹴りをお見舞いする。
 しかし、オーゼルグも素早さでは負けていなかった。
 すんでの所で身を引くと、充分な間合いを取り、「ひゅう!」と口笛を吹いた。
「あぶねえあぶねえ、足癖の悪ィ姫さんだなあ」
 ふん、と鼻で笑って、ドリスは不敵な笑みをのぞかせた。
「悪いけど、今はお姫さまじゃないのよね。それに、あたしは誰かに守ってもらわなきゃならないような、か弱い『お姫さま』じゃない」
 オーゼルグは満足そうにニッと笑った。
「ああ。そっくりだ」
 目が、眩しそうに笑っていた。
「強がるとことか、男勝りなとことか。……よく似てる、『アイツ』に」
 胸の前で構えられていたドリスの手が、下に降ろされた。
「……『アイツ』……?」
 見上げたオーゼルグの表情が、どこか優しい、そしてどこか、哀しげに見えた。


 舳先に並んで立って、オーゼルグは静かに話し始めた。
「昔、たった一人、愛した女がいたんだ」
 言うオーゼルグの目は、波間に映った三日月を見つめていた。
「お前さんに似て、男勝りなヤツでよ。怒ると殴るわ蹴るわ、怒鳴り散らすわ。いやもう、ホントに大変だった」
「それってあたしに対する当てつけでなくて?」
「いやいやいやいや、そうじゃねえよ!」
 慌てて首を振って、それから彼は笑った。
「でも、いい女だった」
 ふと隣を見上げたドリスは、オーゼルグが、どこか誇らしげに笑っているのを見た。
「傲慢で、高飛車で、傍若無人。でも、とびきりのいい女だった」
「……どんなふうに?」
 思わず、ドリスは訊いた。オーゼルグは思い出し笑いに耐えるような仕草をすると、
「アイツは俺と同じ町に生まれて、ガキの頃から一緒に転げ回ってたうちの一人でな」
「ふうん、幼馴染みってやつだ」
「まあ、いわばそうだな」
 ドリスは肘をデッキに乗せて、オーゼルグを見つめた。
「昔っから器量が良かったし、歌が上手かった。で、あちこちの酒場なんかで、歌唄いをやってたわけさ」
「歌手だったの?」
「人気モンだったぜ。アイツを見にやって来るようなヤツまでいたくらいだ」
「へえー」
「だがある日、酒場で飲んだくれたバカが、アイツに絡んだんだな」
 苦笑いして、彼は海に背を向け、デッキにもたれた。
「アイツは、負けん気の強ェ女だからよ、そりゃもう大変な騒ぎになっちまって。店の奴らにしこたま怒鳴られた。そん時って言やぁ、お前、今のお前と同じくらいの年だったぜ」
 ふーっと息をついて、
「で、アイツはどうしたと思う」
「……どうしたの?」
 フッと笑みを浮かべて。
「店のヤツは怒鳴るし、歌い仲間は怒るし、アイツの周りは敵だらけだった。そしたらアイツ、スルリと衣装を脱ぎ捨てて、そのまま歌唄いを引退しちまいやがった。人気絶頂だったっていうのによ」
「そのまま?」
「ああ、そのまま、だ」
 大人たちの怒号と戸惑いの中。何のためらいもなく、人気歌手という衣装を脱ぎ捨てた女。
 自分の信念のために。
「まさに、『運命の女』だったぜ」
 いい女だった。そう呟くオーゼルグは、淋しさも憂いも恋しさも、何もかもを通り越して、もっと遠いものを見つめているようだった。
 知らないうちに、それはドリスにも感染していたようだった。
 どこか遠いところを見つめて、口元にはやさしげな微笑みを浮かべて。
「……あたしが初めて、あの人に逢ったのはね」
「うん?」
「あたしが、11歳の時。親父とひともんちゃくあって、イライラしてて、何もかもが気に入らなくて。荒れて、言うこときかない、可愛くない女のコだった頃」
 裏庭でトレーニングに励んでいたドリスのもとに、そよ風の如く現れた青年。
 何者をも浄化してしまうような、あたたかく柔らかなまなざしを持った若者。
「閉じていたあたしの心を、めいっぱい解放してくれたんだ。あの人が現れてから、あたし、生きていけるって、そう思ったんだ」
「ほおお」
 からかうような言葉遣いとは裏腹に、オーゼルグの表情はとても優しかった。
「11歳ってことは、6、7年前か? ってことは、テン坊たちの生まれる前か。ってえことは、もちろん兄ちゃんじゃねえってこったよな?」
 ドリスは、考えあぐねているオーゼルグにフッと笑ってみせた。
「当たり前よ。だってあの人は」
「あの人は?」
「…………テンとソラの……」

 と。
 ガタン、という音がして、ビックリして振り返ると、そこにはどこか不機嫌そうな、戸惑ったような顔をしたカデシュが、本を片手に船室から出てきたところだった。
「ビックリした。何よ、突然」
「私がいてはいけないのか」
「そうは言ってないでしょ」
 つっけんどんに返してきたカデシュにちょっと戸惑った様子で、ドリスは尋ねる。
「で、何なの? こんな夜中に本なんか持って」
「………いや、月明かりで読もうかと思ったのだが、この暗さでは無理だろうな」
 呆れたような顔をしたドリスと、何やら必死に笑いをこらえているらしいオーゼルグ。
「あんたってホント、意味分かんない。部屋の灯りで読んだ方がいいに決まってるじゃん!」
「どこで読もうと私の勝手だろう」
「うわ、かわいくねー!」
 何なのよ何でそんな機嫌悪いのよ、という顔で、船室に引き返していくカデシュを追いかけ始めたドリス。そんな彼女を見て、オーゼルグはニヤリと笑った。
「おいドリス」
 ん? という感じで、ドリスは振り返る。
「『あの人は……、』何なんだ?」
 するとドリスは、もう既に答えを掴んでいるにも関わらず、意地悪くそう訊いてくるオーゼルグに、
「『運命の人』だよ、『運命の人』!」
 妙に晴れやかな顔で言った。満足そうに、オーゼルグが笑う。
「……お前の言う『運命』とは……」
 船室の廊下を歩きながら、カデシュがボソッと言った。
「『そういう』意味なのか?」
「はあ?」
 目をパチクリさせて、ドリスがカデシュを見上げる。
「なに? 『そういう』って、どういう?」
「…………分からんのならいい」
「はあ???」
 更に怪訝そうな顔をしたドリスを追い抜いて、カデシュは自室へと消えた。
「意味わっかんね!」
 首を傾げて悪態をつくドリスは知らなかった。
 自室へと消えたカデシュが、何やら拗ねたような、複雑な顔で宙を睨んでいたことを。


 そして彼らがストロスの杖が安置されている場所へたどり着いたとき、杖を手にしたソラに、カデシュが思わず、
「杖は渡さん」
 といじわるを言いかけた原因が、よもやあの日のひともんちゃくにあったなどと、知る由もなかったのである。


ドリスの初恋は絶対に坊ちゃんだ!と大きな声で言いたくてですね(笑)
あとオーゼルグの「アイツ」さんをほぼオリジナルで出しちゃってすみませんでした。
気になるよね「アイツ」さん……。
それにしてもうちのカデシュは大人げないし可愛くないしほんとにもう(笑)

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