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Novel
DRAGON QUEST V + 天空物語 > 絆〜かたちの違う鍵〜

「……何を怒っている?」
 カデシュの言葉に、ドリスは不機嫌そのものの顔で、ツンと顎をそらした。
 自分は何か、彼女を不機嫌にさせるようなことをしたのだろうか。
 カデシュにはまったくと言って、身に覚えがなかった。

「カデシュカデシュー!」
 満面の笑顔で、テンとソラが、競争するようにカデシュにまとわりついていく。
 それもいつものことだから、彼もそろそろ慣れっこになってきているようだ。
「えへへ、うれしいね!」
 テンが顔をほころばせて、ごく自然な仕草で、カデシュの手を取る。
「何が嬉しい?」
「うれしいわよ、ね、テン」
 ソラも同じように、カデシュのもう一方の手を取る。
「だから、何が」
「誕生日!!」
 小さな双子は、声を揃えて言った。
「今日、ぼくたちの誕生日なんだよ!」
「わたしたち、7歳になったの!」
 テンは元気いっぱいに笑う。ソラはやさしく笑う。
「それは良かったな」
 とにかくそれだけ言って、カデシュは広間で続いているパーティーの騒ぎに目をやった。詩人が詠い、楽師が奏で、メイドも兵士たちも、皆それぞれが時を楽しんでいる。
 なるほど、この騒ぎは王子と王女の誕生日を祝うためのものだったのか。納得して、彼はふうとひとつ息をついた。先程ドリスに何事かと問いかけて、「他の人に訊けば」と冷たく返されてしまった。
 彼女に冷たくされるのはいつものことだけれど、けんか腰に怒鳴られるならまだしも、あからさまに避けられたり視線をそらされたりすると、普段が人懐こく喜怒哀楽のハッキリしているドリスなだけに、自分が何か悪いことをしたのではないかと考えてしまう。
 が、なぜ自分がドリスの態度で悩まなければならないのか!と、意地っ張りな彼の精神はその考えを一刀両断してしまう。
「あのね、カデシュ、あのね」
 ソラがウフフッとかわいく微笑みながら、カデシュを見上げる。
「オジロンおじ様たちから、魔法力のあがるピアスをもらったの!」
「そうか」
「これでわたし、もっと魔法、上手になるわ。ちゃんと見ててね!」
「ぼくも!ぼくももらったんだよカデシュ!ミスリルの腕輪っ!」
 ほら! と得意げに両腕を差し出して、エヘヘッと笑うテン。
「これで『まもり』が強くなるねっ!」
「そうだな」
 どこまでも無邪気で、どこまでも嬉しそうな双子の笑顔に囲まれていると、かつて幸せだった頃の記憶が脳裏をよぎり、胸に逃れようのない切なさがこみ上げてくる。
 二度と手が届かない、幼い日。
 記憶にある自分が幸せであればあるほど、思い出は痛いほどの切なさとなっていつまでも胸に引っかかっている。消そうとしても、ふとした瞬間に甦ってしまう。特に、こんなあたたかな者たちに囲まれていると。
「テンー!ソラー!」
 ふいにドリスの声がして、広間の方から駆けてくる姿が見えた。
 いつもの肩出しへそ出しの、ある意味刺激的な服装ではなく、場が場なだけに、貴族の娘らしいきちんとした身なりをしている。
 彼女は双子たちがカデシュと一緒にいるのを見て、一瞬ムッとした顔をしたが、構わずに近寄ってきて、
「はい、これ。あたしからあんたたちに」
 赤いリボンでかわいくラッピングされた包みを、二人に手渡す。「うわあ!」と目を輝かせて、テンとソラは早速包みを開いた。
 出てきたのは、銅色の鍵。二人はドリスを見上げてキョトン、となる。
「相手があんたたちだし、どうしようかって悩んだのよね。坊ちゃんゆかりのプレゼントは、もうペンダントでしちゃったしさ」
 困ったような笑顔で、ドリスは言う。
「そこで、天才ドリスちゃんが考えに考えた最高のプレゼントとはっ!」
 ふっふっふ、と勿体ぶった笑みを浮かべて。
「その鍵、何の鍵だと思う?」
 訊かれても、二人はとんと思いつくものがない。
「実はね、それ、あたしからのプレゼントが入った宝箱の鍵なんだ。宝箱はこの城のどこかに隠されてるの!二人分のプレゼントがつまった宝箱がね!」
「えっ!?」
 途端に、二人の目が輝いた。
「宝探しゲームなの!?」
「そっ!城中を探索したら、見つかるかもね!」
「ヒントは!?」
 興奮と感激で目をキラキラさせて訊くテンに、ドリスは「そうだなあ」と少し視線を泳がせる。
「鍵のカタチをよく見て。うん、これがヒントだよ。ちょっと二人には難しいかなぁ?」
 言われて、もう駆け出してしまいそうなテンの腕を掴んだソラが、二人の鍵を見比べる。
「ホントだ、カタチ、違うね」
「ね? たとえ何であれ、世の中には1つとして同じものはないの。――っと、これもヒントかな」
 いたずらっぽい微笑みを浮かべて、ドリスは双子の髪をくしゃくしゃっと撫でた。
「うん、がんばって見つけるよ!!ありがとドリス!!」
 頬を興奮で紅潮させて、テンはソラの手を引っぱって駆けだしていった。
 その様子を見て、ドリスはウフフッと笑う。
「かわいいなあ。何だかんだ言ったって、まだ子どもなんだよね」
 どんなに強くても、あの子たちはまだ子どもなんだ。取り巻く環境が、不自然に強くしてしまっているだけで。本当はいくらでも甘えたいし、遊びたいし、わがままを言いたい年頃だろう。自分がそうだったから、よく分かる。
 だから、誕生日の今日くらい、たくさん甘えさせてあげて、たくさんわがままを言わせてあげたい。思う存分、楽しませてあげたい。
 ドリスはやわらかく微笑みながら、そんなことを思った。
「1つとして同じものはない、か」
 ふいに呟かれた言葉に、ドリスはビクッとなって振り返った。
「うわ!そう言えばあんた、いたんだっけ!」
「失敬な、忘れるな」
 言われて、ドリスは途端にその頬から微笑みの名残を消し去り、代わりにムッとした表情を据え付けた。
「失敬ですって?どっちが失敬だっつうのよ!」
 フン!と顎をそらすと、ドリスは肩を怒らせて広間の喧噪に戻っていってしまう。
 カデシュは眉間にしわを寄せて、「?」という顔をしてそれを見ていた。
 一体自分が何をしたというのだろう。身に覚えはないのだが。
「カデシュ様、はっけーん!」
 ハートマークが付きそうなとろけた口調が聞こえて、カデシュは瞬間的に身を固くした。
「こんなところにいらっしゃるということは、アタシが来るのを待ってたというこ……」
 言い終わる前に、カデシュはスタスタと歩き出す。ピンク色の小悪魔ちゃんは、「んもうっ」とそれでもめげずに目をハートマークにして、それを追っていく。
「照れ屋さんなんだからvv そんなアナタにはアタシの熱うぃチッスが……」
「消えろ!!」
 ロッドのスイングでホームランばりに打たれて、ミニモンはハートマークを飛ばしながら城の尖塔の方へと飛ばされていった。
 尖塔のてっぺんに引っかかりながら、ミニモンは呟いた。
「カデシュ様、今日は一段とご機嫌ななめなのかしら……。でもそんなアナタもステキよー!美形には怒った顔が似合うもんなのよー!!……こらーどらきちホイミンコドラーン!!乙女が引っかかってんのよ!引っかかって取れないのよー!!助けに来なさいよー!!!」
 パーティーのごちそうに夢中になっている彼らが、ミニモンを助けに行くことはなかった。


「ねえテン、鍵をよく見て、ってどういうことなのかな?」
 1階の町をくまなく歩き回りながら、ソラはテンに訊いた。もちろん、的確な答えなど期待していない。何事も感覚で動くテンのことだ、そこに論理的な思考は存在しない。
「うーん、きっと宝箱に、鍵とおんなじ絵が描いてあるんだよ!」
「……ちがうと思う……」
 そっぽ向いてポソッと呟くソラ。
 そんなソラなどお構いなしで、テンは気さくに声をかけてくる町の人々に笑顔を返している。時折宝箱のことを尋ねてみるが、みんな首を傾げるばかりで、どうやら町にはないらしいということを二人は2時間かけてようやく掴んだ。
 続いて探索は2階に移った。2階には、会議室や兵士たちの詰め所などがある。
「あれっ、王子、王女」
 声を上げたのは、新米兵士のピピンだった。
「お誕生日おめでとうございます!!」
 ピシッと敬礼して、彼はふんわりと笑う。兵士としては似合わないほど、その表情は頼りなさげでやさしい。
「ありがとうピピンさん」
「ねえねえ、ピピンは知ってる?この鍵の宝箱、どこにあるか知ってる?」
 テンが目をパチパチさせながら尋ねると、ピピンは腰をかがめて差し出された鍵を見つめ、
「どうしたんです?その鍵」
「あのね、ドリスのプレゼントが入ってるんだ。宝探しゲームなんだよ」
 ドリスの名前が出て、若者ピピン、途端に背筋がシャキーンとなった。
 何しろ昨日、カデシュにたきつけられた(?)ばかりなのである。
「あの女が気になるのなら、お前が直接行動に移せばいいだろう」
 確かに、彼はそう言ったのだ。
 ガンバレぼく!! ピピンは鼻息も荒く、ひとつ「うんッ」とうなずいた。
「お城のどこかに隠してあるんだって。でもお城って広いから、今二人で探してるんだ」
「なるほど!ではわたくしめが、ドリス様にヒントをいただいて参りましょうっ!」
 テンソラの返事も聞かずに、ピピンは光速ダッシュで廊下を走っていってしまう。残された双子は、ぽかんとその様子を見ていた。
「行っちゃった」
「ドリスにヒントを聞きにって、教えてくれるのかなあ?」
 二人は不安そうに顔を見合わせた。


 広間のある3階までやって来て、空の見える城壁を歩いていると、ピピンの目に、庭園の中を伸びをしながら歩く麗しいドリスの姿が映った。大慌てでブレーキをかけ、「ドリス様!!」と声をかける。
 ドリスが振り向いた。
「あれ、ピピンじゃん。どしたの?」
 そんなに慌てて、といった感じで、ドリスは庭園の池の辺りで立ち止まって、ピピンが近づいてくるのを待っている。ピピンの胸は急速に高鳴った。
「あ、あ、あのですね……」
「ん?」
 小首を傾げたような仕草。瞬きする瞳は、大きくてきれいで、まっすぐ自分に向けられているかと思うと、それだけで息が詰まりそうになる。
「あ、あ、あ、あの……その……」
「どうしたの?」
 うつむいた所を、下から覗き込まれた。
 かわいい顔が、すぐ側にあった。甘くやさしく、鼻腔をくすぐるドリスの香り。
 瞬間的に耳の先まで真っ赤になって、ピピンは心臓が口から飛び出るかと思った。バクバクと異常なほど高鳴った心臓に手を置いて、
「え、えと、ドドド、ドリス様」
「ん?」
「あああ、あのっ、ぼっぼっぼっ、ぼく……っ!」
「ドリス」
 突然、割って入った声。
 目をやると、無表情なカデシュが立っていた。
「何よ」
 素っ気ないドリスの態度。
 カデシュはふと、真っ赤になって固まっているピピンに目をやり、しばし何やら考えたような間を置いた後で、
「……王子と王女に渡した鍵だが」
「何?」
「…………」
「何よ」
「…………いや」
「何なのよ、言いたいことがあるんならハッキリ言いなさいよ!」
「……お前らしい贈り物だと思っただけだ」
「な……っ!」
 カッと顔を赤くして、ドリスは眉を吊り上げる。
「何よあんた!場所が分かったって言うの?宝箱見たの!?」
 しかしカデシュは「ふん」と鼻で笑い、背を向ける。
「見なくても想像できる」
「えらそうなこと言わないでよ!!何だってのよ、言ってみなさいよ!」
「お前は知っているのだから、言う必要はないだろう」
「あら逃げるの、そおおう。結局口から出任せ言っただけなんじゃん」
 カデシュはチラッとドリスを振り返り、
「私ならもう少し上手い隠し場所を選ぶと思うがな。頭がバカな女だと思ってな」
「な、何ですってえ!!?」
 きいっ!と肩を怒らせて、歩き出したカデシュの後を追いかけ始める。
「宝箱見たの!?テンソラが見つける前に!?」
「さあな」
「ちょっと!待ちなさいよ!!逃げるなんて卑怯よ!!」
 庭園に一人、ぽつーんと取り残されたピピンは、緊張と落胆のあまりその場にヘナヘナと崩れ落ちてしまった。
「カデシュさん……絶対わざとだ……ヒドイ……!!」
 彼の頬を、涙が滝のように流れていった。


「ピピンいたよ、ソラ」
 2階でも何の収穫も得られず、3階に戻ってきたテンとソラ。庭園で埴輪のようなポーズで枯れ果てているピピンを発見する。
「ピピーン!」
 駆け寄っても、ピピンは枯れ果てているので気付かない。一瞬で「何かあったな」と察知するソラと違い、テンはまだまだ情緒未発達、「にょっ?」と子猫のように首を傾げると、
「ピピンどうしたの? なんか干からびてるよ」
「テン……、そっとしといてあげましょう」
「???」
 知った顔で気の毒そうにピピンを見つめると、ソラは「元気出して」と一声かけて、テンの手を引っぱって広間の方へと歩き出していく。
「ねえソラ、ピピンどうしちゃったの?」
「きっと……こっぴどくやられちゃったのよ」
「?? よくわかんないや」
「うん、その方がいいかも」
 余計混乱するテンを後目に、ソラは一刻も早く庭園から離れてあげたくて、足早に広間に戻った。


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