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Novel
DRAGON QUEST V + 天空物語 > 小さな恋のメロディ

 ソラが憤慨しながら帰ってきた時、部屋から顔を覗かせていたドリスは思わずギョッとしてしまった。
 ソラという女のコは、普段とても穏やかで、あからさまに怒ったことなんてほとんどない。むしろ感情を明確に出すのはテンの方で、ソラはいつもそれを抑える側に回っている。
 常に微笑みを絶やさず、振る舞いは至ってしとやか。花のような笑顔に、誰もが心をほぐされずにはいられない。やさしく素直で明るくて、誰からも好かれるソラは本当に、お姫さまらしいお姫さまだった。
 そんなソラが、これまでにないほど怒りを露わにして帰ってきたのである。
 それも、ドリスが憤慨している時のように、周囲が声をかけられないほどの怒りのオーラをまとって。
「ど、どうしたの?」
 思わず、ドアから顔だけ出した状態で、ドリスは目をパチパチさせてそう訊いた。
 しかし当のソラは、白い陶器のような頬をムッと膨らませているだけで、質問に答えようともしない。
「何があったのよ?」
 怪訝そうな顔をするドリスは、ソラに続いて走ってきたテンの腕をタイミングよく捕まえる。
 テンはソラとは対照的に、いつも以上の輝いた笑顔だった。
「ちょっとテン、ソラ一体どうしたの?」
「えーっと、うーんと、あのねえ」
 テンはちょっと困ったように笑って、
「たぶん、コリンズとケンカしたから、ソラ怒ってるんじゃないかなあ」
「ケンカぁ!?」
 それこそ、ドリスは我が耳を疑った。
 あの穏やかなソラがケンカするなんて。明日は雪が降るのか槍が降るのか、はたまた魔界から大魔王でも降ってくるのだろうか。どこの誰だか知らないけれど、あのソラをあれほど怒らせるなんて。
 あまりの信じられない事態に、ドリスは目をまん丸く見開いてしまった。
 その間にも、テンはゲレゲレたちと共に廊下を走っていってしまう。
「あ、ちょっと!」
 言いかけたとき、後ろから穏やかに声をかけられた。
「やあドリス。ただいま」
 振り返ると、ふんわりした微笑みを浮かべた坊ちゃんが立っていた。
 彼が帰還してから、もう1ヶ月が経とうとしている。
 今は王妃であるビアンカを探すため、テンソラや仲間たちを連れて旅に出ていたのだが。
「あ、お帰り」
 とりあえずそう呟いて、「じゃなくて!」とドリスは坊ちゃんのマントをガシッと掴んだ。
「どういうことなの? ソラがケンカしたって!」
 ドリスの勢いに驚いた様子で、坊ちゃんは「あ、ああ」と少々口ごもった。
「今日、あの子たちをラインハットに連れて行ったんだよ」
「ラインハット?」
 オウム返しに訊き返すと、ドリスが顔を出しているその部屋の中から声が答えた。
「ここから遥か北の大陸にある大国だな。確か、10年ほど前に革命が起こったと聞いたが」
「ホントに博識なんだね、カデシュは」
 坊ちゃんが中を覗き込んで、柔らかく微笑んだ。
「で?なんでそのラインハットに行って、ソラがケンカするのよ?」
 ドリスが怪訝そうに言うと、いい加減ドアの側で会話をするのもどうかと思ったのか、坊ちゃんがドリスを促して部屋へ入ってきた。
 広く取られた部屋には、上品なテーブルセットが設えてあり、そこにカデシュが座って読書を決め込んでいた。相変わらずの風景らしく、坊ちゃんはニッコリ微笑んで、彼の向かいに腰掛けた。ドリスは天蓋付きの大きなベッドに腰掛ける。
「ラインハットには、僕の親友がいるんだけどね。ヘンリーって言って、ラインハットの王子なんだ。僕の結婚式にも来てもらったんだけど、今は国王補佐として頑張ってるみたいだ」
「へえー」
 目をパチパチさせて、ドリスがうなずく。
「で、そのヘンリーにも息子がいるわけなんだ。コリンズって言ってさ。これがまた、笑っちゃうくらいヘンリーの子どもの頃そっくりで!」
 言いながら、坊ちゃんはククッと笑った。可笑しさの中に、どこかあふれそうな喜びが混じっていた。
「分かった、それでそのコリンズくんと、テンソラが遊んでたのね」
「そうそう、そういうことなんだ。でも、訊いても何があったか教えてくれないんだよ」
「テンも知らないって顔してたわね」
「うん、どうやら、ソラとコリンズの間だけに何かあったみたいで」
 へえ、という顔で目をパチパチさせると、
「でもさ、あのソラをあんなに怒らせるなんて、コリンズくんってどんな子なんだろうね」
 ニヤニヤしたその顔は、カデシュに向けられている。
「確かにな。お前なら珍しくも何ともないが」
「誰が主に原因作ってると思ってんの?」
 引きつった笑みを浮かべるドリスを見て、坊ちゃんは思わず吹き出した。

 夕食の席になり、一同が長いテーブルに会する時間となった。
 サンチョが給仕長達を連れだって、テーブルの上に次々と豪勢な食事を並べていく。この場にビアンカの姿がないことを除けば、王族一同団らんのひとときである。
 しかし、ソラはまだ仏頂面をしたままだった。
「ねえソラ、そのミートパイ取って」
 早くも口の回りをソースでベタベタにして、テンが言った。ソラは無言でパイを取り、「はい」とだけ言って、もくもくと食事を続けている。
 それを見て、さすがのテンも「どうしたんだろう」と思ったらしい。
「ソラ、コリンズになにか言われたの?」
 きょとんとして、隣席のソラを見つめる。
「なんでもないの」
 ソラはつっけんどんに答えた。『んなわけあるかい』と心の中でツッコミを入れたのは、ドリスだけではなかったようだ。坊ちゃんがソラを覗き込みながら、
「コリンズに何か、いたずらされたのかい?何かあったんなら、言ってごらん?前向きに対応してあげるから」
「坊ちゃん、目が笑ってないから」
 怖い怖い、と、ボソッと思わずツッコんでしまうドリス。
 坊ちゃんは8年も石にされ、テンソラと触れ合いがなかったせいか、親ばかが度を過ぎているところがあるのだ。しかし、ソラが心配なのはドリスも同じ。
「何かあったんなら、遠慮なく言いなさいよ。もしいじめられたって言うんなら、そのコリンズとかいうヤツ、カデシュに燃やしてもらうから」
「私を巻き込むな」
 横目で睨みながらボソッと言うカデシュに、ドリスが目をつり上げる。
「大事なソラの一大事だったらどうしてくれんのよ」
「私が知るか」
「何よ、あんたには家族を守ろうっていう気持ちはないわけ!?」
 恒例のケンカになりそうで、ソラが思わず「あの、あの」と声を割り込ませる。
「違うの。いたずらはされたけど、そんなのテンのいたずらで慣れてるもの」
「そっか、そうだよねー!」
 隣席のテンは、てへっと笑う。
 なるほど、カエルやヘビのおもちゃでいたずらされるのは、双子の兄で慣れっこになっているらしい。むしろ、カエルやヘビ以上のいたずらを、テンは仲間モンスターたちと共に日々行っていたのだから、免疫がつかないわけはない。
「じゃあ、一体どうしたの?」
 ドリスに訊かれて、ふいに、ソラの顔色が変わった。怒りの色と、困ったような、どうしていいか分からないような色がない交ぜになった顔をしたのである。
 ややあって、ソラはまっすぐにドリスを見つめた。
「あとで、お部屋に行ってもいい?」
「え?」
 目をパチクリさせて、ドリスはうなずいた。
「そりゃ、もちろんいいけど」
 それきり、ソラは黙り込んでしまった。先程と同じ、困惑したような顔をしたまま。
 一同は顔を見合わせて、そんなソラを見ていた。

 その夜。
 ドリスの部屋のドアが、ほとほとと控えめにノックされた。
 返事をすると、ちょこっと顔を覗かせたのはソラ。何だか申し訳ないような顔をして、おずおずと部屋に入ってくる。
「ソラ、ハーブティー煎れたよ」
 微笑んで、ドリスはソラをフカフカのベッドに座らせた。
 自ら注いだ紅茶のカップをソラに手渡すと、ソラは「ありがと」と小さく微笑んで受け取る。
 二人はしばらく黙ってそれを飲む。ソラは、どうやって順序立てて話をしようか、それを頭の中で整理しているようだった。
「ドリス……」
 ややあって、ソラがぽつりと呟いた。
「わたし、男のコって、よく分かんなくなっちゃった」
 うつむく瞳は、どこか戸惑いに揺れているようで。
「何を言ってもいたずらばっかり。まともに目も合わせてくれなくて、わたしのこときらいなのかなって思ったの」
 ソラが言うには、コリンズはテンとばかりふざけ合って、ソラとは話そうともしてくれなかったと言う。
 城内を案内してくれたときも、ラインハットの珍しいお菓子を出してくれたときも、とっておきのおもちゃを見せてくれたときも。
 テンと一緒に楽しもうと思うのに、コリンズににらまれているようで居心地が悪かったらしい。
「こーんなカワイイ子をにらむなんて、フトドキな奴ね!」
 ソラの隣にボスンと腰を下ろして、ドリスはソラの髪を撫でた。
「うん、それでね」
 ソラは唇をちょこっと突きだしたような仕草で、続けた。
「コリンズくんたら、わたしのスカートめくったり、リボン取り上げて返してくれなかったり、髪を引っぱったりするんだもん」
 ドリスはキョトンとなって、目をパチパチさせてしまう。
「……それって……」
「それだけじゃないの! みんなで遊んでるときだって、わたしにばっかりいたずらするのよ! テンやゲレゲレたちもみんないるのに! わたしにばっかり!」
 口を「あ」の形に開いたまま、ドリスは困ったように視線を泳がせた。
「あ〜〜、たぶんそれってさぁ……」
「なんでわたしばっかりいじめられなきゃいけないの!? ひどい!」
 ぶり返した怒りで目を潤ませて、ソラは叫んだ。
 そんな彼女の小さな肩を抱いて、ぽんぽんとやさしく頭を叩くと、
「あのねソラ、たぶん、コリンズくんは、ソラのこと嫌いでやってるんじゃないと思うよ」
「どうして?」
 心底納得いかない、という顔をして、ソラはドリスを見上げた。
「嫌いじゃないのに、どうしていじめるの!?」
「うーん、それは、えっとね……」
 なんと言っていいものやら、ドリスは困惑してしまう。
 ここで答えを出してやるのは簡単だけれど、それでは前には進めない。
「とにかくね、次に会ったら、そういうのやめてってハッキリ言ってごらんよ。普通に一緒に遊ぼうって、言ってごらん」
「それで、いじめなくなるの?」
「たぶんね」
 ニッと笑って、ドリスは言った。
「もしそれでもソラをいじめるようなら、すぐにあたしに言いな。とっつかまえてボコボコにしてやるから!」
「う、うん」
 ドリスの悪戯っぽい笑顔を見て、ソラはどこか安心したらしい。
 ハーブティーを飲み干すと、「ありがと」と微笑んで部屋を出ていった。
 閉まったドアを見つめて、ドリスはどこかニヤニヤと締まりのない顔をする。
「ったく、早速ソラに悪い虫がつき始めたわけね〜」
 このことは坊ちゃんには黙ってよう、と心の中で付け足した。

 そして数日後。
「ドリス、ただいま!」
 ドアが開いて、テンとソラが部屋に飛び込んでくる。そしてそれに続いて、坊ちゃんがどこか首を傾げたような顔をして歩いてくる。
「あのね、今日はね、コリンズくんとお堀でおよいだんだよ!」
「そうか」
「うん、これ、カデシュにおみやげ!!」
 早速読書をしていたカデシュにまとわりついて、旅の報告を始めるテンとソラ。
 テンのポケットから取り出されたのは、堀で捕まえたという大きなザリガニ。
「そんなものをポケットに持ち歩くな」
 思わずツッコミを入れてしまっているカデシュが可笑しくて、ドリスはニヤニヤ笑った。
 そして、坊ちゃんが何やら困惑した顔をしているのを見て、
「坊ちゃん、どうしたの?」
「ん? うん、なーんか、なあ」
「はい?」
 すると坊ちゃんはポリポリと頭をかいて、視線をソラに向けると、
「何だか、前にラインハットに行った時と様子が違うんだ。てっきり行くのを嫌がるかと思ったんだけど」
 その言葉を聞いて、ドリスはニヤッと笑ってソラを見る。
 ソラが振り向いた。ドリスと視線が合うと、ソラは何だか照れくさそうに笑って、かぶっていた真新しい帽子を右手で触ってみせた。それを見たドリスは、瞬間的に何があったのか理解してしまう。
 ニコニコとうなずくドリスを見て、坊ちゃんは怪訝そうな顔をした。
「……?? どうしたんだ?」
「ん?」
 ドリスは上機嫌に笑った。
「何でもないの。女のコ同士のヒミツ」
「……ふうん??」
 頭の上にクエスチョンマークをたくさん飛ばしている坊ちゃんを見上げて、ドリスは悪戯っぽく笑ってみせた。
「坊ちゃんさ、もうちょっと乙女ゴコロってヤツを理解する努力、した方がいいかもね」
「お、乙女ゴコロ??」
 坊ちゃんの頭上のクエスチョンマークが、更に増えたことは言うまでもなかった。

 その夜。
 カデシュは、向かい合って座って紅茶を飲んでいるドリスが、やけにニヤニヤと笑っているのに気付いて、怪訝そうな顔をした。
「……何がそんなに可笑しい」
「ん? んふふふふ」
 テーブルに両肘をついて、両手で頬を挟み、ドリスはニコニコ笑っている。
「何だか、娘にステキな恋人が出来た時のお母さんの気持ちなのかなーって」
「……何の話だ?」
「んーん、こっちの話」
「???」
 不思議そうにドリスを見るカデシュは知らなかった。
 先程ドリスの部屋に再びソラがやって来て、話をしていったことを。
 コリンズと仲直りしたこと、コリンズが照れながら帽子をくれたこと、「また来いよ」と、ソラだけに向かって言ったこと。
 そして、それが今までになくとても嬉しかったのだと。
 それを話しているときのソラが、夢見るように幸せな笑顔だったことを思い出して、ドリスはまたくふふっと笑う。
 きっと、ソラはその帽子をとても大事にするんだろう。
 そう思うと、自然と頬が緩んでしまうドリスであった。
 そして、一度そのコリンズとやらに会ってみたいと思うのだった。


昔サイトでキリ番リクエストでいただいた「コリンズ×ソラ」で書いたものでした。
コリソラ可愛くてたまらんです。ちょっと成長した15歳くらいのコリソラとか誰か、くださいませんか誰か。
……え? 言い出しっぺの法則? 何ですかそれは???

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