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Novel
DRAGON QUEST V + 天空物語 > 祈り〜蒼空までの距離〜

 ドリスが生まれた朝は、空がとてもきれいだったのを覚えている。
 朝日が徹夜明けの目に痛いほどで、空の蒼さが眩しかった。空がこんなにきれいな色だったことに、初めて気付いたような感じ。
 一晩中、妃を苦しめて生まれてきたんだったな。
 男のコみたいに元気な声で泣いて。
 そんなお前を抱いて、妃は、母さんはとても嬉しそうに笑っていた。
 大事な大事な、私たちの娘。

 生まれてくるまで、ずっと起きて待っていた。
 産気づいたのは夕方だったのに、なかなか母さんのお腹から出てこなくて、完全に徹夜。
 もちろん、母さんの方が大変だったに決まっているけどな。待っている方だって大変だったんだぞ。心配と期待が入り乱れて、兄の息子の、そう、お前の言う坊ちゃんだ、彼ほどの狼狽えようではなかったにしても、あっちへウロウロこっちへウロウロして。大臣や、控えていた兵士たちや、メイドにまで、『あらあら、ひどいお顔をなさって』って笑われたもんだ。

 初めて会う、自分の血を継いだ娘。
 感動で息が出来なかった。体が震えて、思うように手足が付いてきてくれなくて。
 入ると同時にぶっ倒れそうになって、産婆たちに逆に心配されてしまったよ。ははは、それも今ではいい思い出だ。

 ドリスは、それはそれは可愛い赤ちゃんだった。親の欲目じゃないぞ。本当に、誰が見ても可愛い赤ちゃんだったんだ。
 やわらかい、母さんとよく似たブルーブラックの髪がぽやぽやと生えていて。
 小さな小さな手をぎゅっと握りしめて。よく間違えもせずに、5本ずつ指が生えてくるもんだと不思議に思った。
『あの小さな手に、未来の幸せを掴んでいるんですよ』
 産婆たちにそう言われて。感動で涙がにじんだのを覚えている。

 黒々とした睫毛が長くて、私を見上げた瞳は、澄んだ南国の海よりも深いマリンブルー。
 将来美人になるだろう。見に来た者全てにそう言われて、嬉しいような、何とも言えない気持ちになったもんだ。
 美人になるのは嬉しいが、それは将来、多くの求婚者が現れるだろうってことだ。生まれてすぐに娘を取られる心配をしている自分が、何だかひどく滑稽に見えて。母さんはそれを聞いて、楽しそうに笑っていたっけな。
 この瞳にだけは、哀しみや辛さなんか映らなければいい。本気でそう願った。

 なのに、母さんはその後体調を崩しがちになって、そのまま、帰らぬ人となってしまった。
 私は彼女を失った悲しみと、国王としての立場と、自分の気持ちの整理をつけるのに精一杯で、お前にかまってやれなかった。たくさんのメイドたちや兵士たちや、いつも人々に囲まれているお前だから、大丈夫だと思っていた。
 それが間違いだったんだな。
 私はお前の淋しさに気付いてやれずに、お前を追いつめることになってしまっていた。
 お前は私に反抗するようになり、いつからか、格闘技なんてものに手を出すようになっていた。王女らしく女のコらしく、淑やかに礼儀正しく、常に微笑みを絶やさない。国民が求める理想像を押しつけた形になって、お前はそれに反発するように、どんどん活発になっていった。
 ふわふわのレースの服を泥だらけにして、汗まみれになって、やんちゃな男のコみたいに暴れ回っていたな。
 私はどう扱っていいか分からなくて、腫れ物の触るようにしか触れられなかった。お前が娘であることが、更に私を戸惑わせた。
 母さんだったらどうするだろう。男親というのは、娘に対してどう接したらいいのか戸惑ってしまうことがあるんだよ。
 お前はそんな私の戸惑いを見透かすかのように、私から離れていった。城という同じ空間で生活していても、私はどこか、お前を遠くに感じてしまっていた。
 あのまま、王が帰ってこなかったら、一体どうなっていただろうと思う。我ながら情けないことだ。

 彼らがやって来て、お前は変わった。心からの笑顔があふれるようになった。
 それと同時に、お前がこんなにも可愛い娘だったのだということに気付いた。
 忙しさにかまけて、お前の笑顔を見ることがなくなっていたからだろうか。……言い訳だな。

 大きくなるにつれて、お前はどんどん可愛くなって。きれいになって。いや、決して親のひいき目で言ってるんじゃない。その証拠に、若い兵士たちや町の少年たちの人気者だったんだ。お前は知らないかもしれないがな。
 毎年お前の誕生日やクリスマスなんかが近づくと、いつもいつも、そういう男のコたちがウロウロと、お前の部屋の窓を見上げていたっけ。
 それが誇らしくもあり、同時に淋しい気もした。
 お前が、もう5、6年もすれば、一人前に恋をして、いつかは誰かの元へ嫁に行ってしまうのかと考えるとな。
 小さなテンとソラを遊んでやりながら、守る者が出来たことで、お前は更に美しくなっていった。
 大きくなるにつれて母さんの若かった頃に似てくるお前だから、花嫁衣装だってきっととてもよく似合うんだろう。
 そう思うと同時に、まだまだ私の小さなドリスであってほしいと、そう願わずにはいられなかった。

 それでも、年頃の娘らしく、父親の私には言えないような気持ちを抱え始めたことにも、薄々感づいてはいたんだ。
 若いメイドたちと話す話題は、まだしたことのない恋の話。夢見るような笑顔と、照れたような微笑みを見て、ああ、この子もやはり、どんなに男勝りでも、女のコなんだなあって思ったさ。
 ちょっと淋しかった。
 少女から、一歩ずつ一歩ずつ、大人の女性へと成長していくのだという嬉しさと、そんなお前が私の元から離れていく淋しさと。
 テンとソラを見つめるお前の、姉のような母のような、強さを秘めた輝きが、私をも強くしてくれる。
 本当に自慢の娘だと思った。
 誰にもやりたくないと、思った。


 そんな時だったな。
 彼が、現れたのは。


 彼とお前とのやりとりは、見ていてとても不思議だった。
 反発し合っているはずなのに、それはどこか不自然で。
 惹かれ合う気持ちを、無理やり力任せに引き剥がそうとしているようで。
 反発すればするほどに、いや、そうすること自体が、逆に互いを強く意識しているんだと、それすらも気付かないほどに。
 父親としては、あまり直視していたくない関係のようだった。
 これがもし、彼がそこらにいるような、しょうもない男だったなら、私だってこんなに悩んだりはしないし、今みたいにぶつくさ考えることもなかっただろう。
 彼の病が発覚すると、それはもう、決定的に見えた。
 娘はこの青年に惹かれている。
 ひとときでも、離れられないほどに。
 お前が彼を選んだのなら、彼がお前の選んだ男なら、私はそれを受け入れようと思った。父親らしいことをあまりしてやれなかった私だが、自分の愛する者くらい、自分で選ぶ権利を与えてやりたい。愛する娘の幸せが、彼なのだとしたら。
 そう、覚悟を決めかけていたんだ。

 ……それなのに。

「オジロン様」
 背後から声をかけられて、オジロンはふと振り返った。立っていたのは、紅茶を持ったサンチョ。
「いかがなさいましたか、ぼんやりとなさっておいででしたが」
「サンチョか」
 苦笑して差し出された紅茶を受け取り、静かに口内に流し込む。
「少し、思い出していたんだ。ドリスのことを」
「ドリス様を、ですか?」
 きょとんとした顔で、サンチョはテラスの下に広がる庭園で、当のドリスがぼんやりと、ベンチにたたずんでいる姿を目撃する。
 首にかけられたペンダントに、無意識に触れる仕草。
 見ていて痛々しかった。居たたまれない気持ちに駆られた。
「引きずっていらっしゃるようですね」
 沈んだ口調で、サンチョは呟く。
「坊ちゃんが戻ってこられて、嬉しいはずの城内に、でもどこか、拭いきれない哀しみがあふれているようで」
「ああ。まったくだ」
「先日、冗談めかしておっしゃっておりましたよ」
 口元に、小さな笑みが浮かぶ。
「『未練とのれんはよく似てる。押しても引いても、どうにもこうにもなりません』この言葉を作った人って、たぶん、今の自分とよく似てたのね。そう、おっしゃっておりましたよ」
 オジロンはフウッと息をついて、庭園でたたずむ愛娘に目を向ける。
 何とかしてやりたい。できるならば、今すぐにでも。
 けれど、かといって自分に何が出来るのだろう。
 安易な慰めの言葉を口にしたところで、ドリスは、きっと悲しげな微笑みを小さく浮かべるのだろう。大丈夫、あたしは強いから、平気だから、大丈夫。精一杯の強がりで、涙を押し隠した笑顔で。
 人はそれを、失恋と呼ぶのだろうか。
 いや、違う。
 失ったのではない。
 永遠を手に入れたのだ。彼という、永遠を。
 しかしそれは、手の届かない永遠。
 手が届きそうで、手を伸ばせば儚く消えてしまう。
 眩しい太陽の前の、ひとひらの雪の結晶のような、儚くも美しい永遠。
「ドリスは、……彼を忘れたいのだろうか」
「オジロン様?」
「ドリスにとって、彼は大きな存在だった。あんなに打ち込んでいた格闘技をやめてもいいと、思えるくらいに。今なお、ドリスの心を占領し続けているんだな、カデシュ君は」
「ええ」
 サンチョは柔らかく笑い、ドリスに目をやる。
「忘れられないのでしょう。忘れられないから、ドリス様は今でも、おっしゃいますよ。絶対に帰ってくるって信じている、と。カデシュさんは、そうですね、確かに、簡単に死ぬような方ではないのでしょう」
「しかし、サンチョ、彼は」
「ええ、私の言うのは、病とかそういうのではありませんよ。精神の強さですよ。あの方には、誇りがあった。何よりも強い、ストロスの王子としての誇りが。それが彼を支え、そして、ドリス様を変えた」
「……そうだな」
 答えて、オジロンはしかしどこか浮かない顔をする。
「なあサンチョ。矛盾していると思うか?」
「はい?」
「彼には、帰ってきてほしい。今すぐにでも。話したいことがたくさんあるんだよ。一国を背負う者同士として、そして、人の親として」
「はい」
「だがそう思うと同時に、もし彼が帰ってきたら。確実に、娘をもっていかれることになるんだろうな。そう思うと、どうもな……」
 はあ、とため息をつくオジロンを、サンチョは微笑みで見つめた。
「オジロン様も、人の親ですね」
「考えてもみろサンチョ。大事な娘が、自分の自慢の娘が、同じ空間の中で、別の男の腕に抱かれるんだぞ。そこに愛があるとしてもだ。ああ、考えただけで、めまいが……!」
「オジロン様、しっかり!」
 ガクッと膝を折りそうになるオジロンを支えて、
「しかし、こう思ってみてください。いずれ、ドリス様のお子様を、腕に抱くことが出来るんだと」
「ド、ドリスの、子ども?」
「そうですよ、オジロン様。お孫さんを、です」
「孫……。そうか、孫か」
 言われた途端に、オジロンはその表情を一気に和らげる。
 それはそれはだらしのない、とろけた表情だった。
「そうか、孫、か。いい響きだな、孫、うん、実にいい。ドリスの子なら、さぞかし可愛いことだろうな、うん」
「そうでしょうとも」
 言って、サンチョは「カデシュさんに似ても可愛いでしょうね」と付け足そうとして、やめた。せっかく沈下した炎に油を注ぐような行為だと思い至ったのだ。
「何にしても、彼には帰ってきてもらいたいものだな、サンチョ」
 それを聞いて、サンチョはニッコリと微笑み、「ええ」とうなずいた。
 美しい蒼から、次第に夕焼け色に染まる空。
 ドリスの蒼と、カデシュの紅。
 それはまるで、溶け合うように、たゆたうように。
 たくさんの祈りを、彼の元へと届けようと。
 ただ1つの変わらぬ想いを、彼女の元へと届けようと。


男親って複雑ですね!
カデシュ帰還までの間の、果てしなく悶々とした期間のドリスとオジロンさんでした。
バッドエンド? 何の話ですか? 天空物語はハッピーエンドしかあり得ないんですよ?(笑顔)

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