DRAGON QUEST V + 天空物語 > 側にいて〜君が教えてくれるもの〜 |
深夜。
夜の戸張は降りきり、グランバニアの城は、怖いくらいの静寂に包まれている。
ソラがさらわれて、平和だった城内が一気に慌ただしくなった。物々しい警備と、焦りと緊張。やり場のない憤りと、意味のない圧迫感。
カデシュは自室で一人、窓から見える景色を見つめ、吐息を付いた。胸にあるのは、後悔と自責の念と、焦燥感。
それがそうだと気付いたのは、自分ではなくドリスだった。自分の心のはずなのに、他人に指摘されるまでそうと分からなかった自分。
分からないのではなく、分かろうとしていなかったのだと、彼は気付いた。
もう一度息をついたとき、ふいにドアがノックされた。
こんな深夜に、一体誰だ。そう思って待っていると。
「カデシュ、おきてる?」
テンの声。
「……ああ」
答えて、テンが入ってくるのを待った。
テンは神妙な顔をしていた。いつもの明るくて元気で、おひさまのような輝きは、そこには見られない。すっかりしょげかえって、頬には涙の痕が残っている。
「どうした」
テンはゆっくりとした仕草でベッドに近寄ってくると、うつむいた。
「ねむれないんだ」
蚊の鳴くような声で言った。
「ソラのこと考えると、ねむれないんだ」
「……そうか」
自分も同じだと言おうとして、やめた。
自分より不安だと感じているこの小さな子供に、更に不安を背負わせるようなことをするべきではないと判断したのだ。
「それで、なぜ私の所へ来た?」
え?と言うように、テンが顔を上げる。くりくりした大きな瞳が、まっすぐにカデシュを見つめる。
「他の者たちのところなら分かるが、なぜまた、私の所へ来た」
他人のはずの私に、何を求める。カデシュの赤い瞳が、そう訊いていた。
「……なんでだろ」
テン自身、分からないようだった。
「わかんないけど、なんか、カデシュとお話ししたかったんだ」
黙り込むカデシュを見て、テンはちょっと戸惑ったようだ。申し訳ないような顔をして笑うと、
「ごめんね。じゃあぼく、ドリスと寝てくる」
「待て」
歩き出しかけた首根っこをむんずと掴まれて、テンは「けへっ」と首が絞まってしまう。
カデシュは問答無用で、テンをベッドに座らせた。カデシュの目が据わっているように見えたのは、薄暗い部屋のせいだろうか。
なんだろう、という顔で自分を見てくるテンに、カデシュは無言で返す。
「ドリスのトコ、行っちゃダメなの?」
「…………。……あの女も相当参っているようだったからな。寝かせてやれ」
「……そうなの?」
え、という顔をして、テンが言葉に詰まった。
「辛い思いをしているのは、お前だけではないということだ」
テンはじっとカデシュを見つめた。
「何だ」
「……ううん」
答えて、テンはようやくニコッと笑った。
「カデシュ、いっしょに寝ていい?」
「?」
「ぼく、ドリスとはいっぱいいっしょに寝てるけど、カデシュとは寝たことないんだもん」
汚れのない無垢な瞳。
けれどその瞳の中に、たくさんの哀しみと淋しさがあることを、自分は知っている。
こんな夜は、誰かのぬくもりに触れていたいと、そう願う気持ちを、自分はよく知っている。おそらく、この城の中にいる誰よりも。
自分は今まで、その願いに気付かないフリをしてきたけれど。
「ああ、……問題ない」
するとテンはヘヘッとかわいく笑った。
翌朝。
すがすがしい朝の陽気の中で、カデシュは中庭に出て、いつものように読書をしていた。サワサワと風に揺れる木陰で、銀色の猫毛がサラリと揺れる。
そんな静かな空気をかき乱す人物が一人、小気味のよい足音を立てて走ってきた。
「あーっ! あっつい!!」
ロードワーク中のドリスだった。
汗を滴らせて、首にかけた水色のスポーツタオルでそれを拭う。タンクトップに短パンという格好で、見事に肩出しへそ出し腿出し状態である。
彼女は一人涼やかに読書に耽っているカデシュを見つけると、
「涼しそうね。ちょっと休憩してこ」
と独り言を言って、カデシュの了解も得ずにベンチの隣に腰を下ろした。
そしてハーッと大きく深呼吸すると、うーんと伸びをした。豊かな胸が、ふるっと揺れる。パタパタと手で首元を扇ぐと、知らん顔を決め込んでいるカデシュを見た。
「ねえ、あんた暑くないの? いつもいつもそんな長袖で首もとつまった服ばっかで」
「余計な世話だ」
ドリスがムッとした顔をしたのがわかった。けれどカデシュは、本から顔を上げない。
「そう言えば、昨日、テンのヤツがあんたんトコ行ったんだってね」
おそらくテン自身から聞いたのだろう。大して気にも留めずに、カデシュは「それがどうかしたか」と訊き返す。
「別に、どうって言うんじゃないけどさ。ちょっとビックリしちゃって」
「?」
「だって、今まではずっとあたしのトコに来てたのにさ。いきなりテンを取られたって感じ」
ムスッとして頬を膨らませるドリスに、カデシュは心なしかフッと笑みを浮かべる。
どうやら彼女は、昨日のショック状態からはかなり回復しているようだ。何かに吹っ切れたのだろう。
「テンも、男同士の会話が欲しいのかなあ」
その言葉にフッと笑って、
「いや、私が止めた」
「は?」
「お前の所に行こうとするのを、私が止めたと言ったんだ」
「……はあ?」
ドリスが怪訝そうな顔をした。心底腑に落ちないという顔だ。
「何余計なことしてんのよ」
「余計なことか?」
「そうよ。テンに甘えさせてあげるのはあたしの役目なのに」
「甘えさせる?」
「そ。だってあの子たちには他に、甘えられるような人がいないんだもん。母親代わりになって、やさしく抱きしめて、あったかい胸に甘えさせてあげられるような人って、あたしくらいしかいないんだもん」
するとカデシュは、ふっと笑った。
「何よ、何がおかしいのよ!」
「……いや」
「あんたにだってあるでしょ?辛い時とか、悲しい時、誰かにギュッて抱きしめて、よしよしって言ってほしいって思わない?そういうのって、あるでしょ?」
「…………」
言われて、カデシュは目を細めた。
「あの子たちを抱きしめてあげられるのは、今はあたしくらいのもんなんだよ。ホントは、母親であるビアンカの役目なんだろうけどさ。必死に坊ちゃんたちを探そうとしてるテンたち見てるとさ、何て言うか、よしよしって、抱きしめてやりたくなるんだよね。あたしにくらい甘えていいよ、って。そういうことって、今は、あたしにしかできないことだと思ってる」
「…………」
カデシュの脳裏に浮かんだのは、かつて城に帰還したテンとソラが、真っ先にドリスに飛びついていったこと。母親に甘えるように、抱きしめてほしいと飛びついていったこと。
それはきっと、他の者たちでは味わえないぬくもりを、ドリスが持っているからなのだろう。テンもソラも、ドリスのそのぬくもりに、求めてやまない者たちのぬくもりを重ね合わせているのだろう。
自分が、ドリスに母の面影を重ねたことがあるように。
「つまり……」
「ん?」
「お前は、私がずっと欲しかったものを持っているのかもしれないということだな」
言われて、ドリスはぽかんとした顔をする。
「はい?何の話してんの??」
目をパチパチさせて、眉間にしわを寄せる。
「テンの話から、何でそうなるわけ?それに何よ、あんたの欲しかったものって」
黙り込むカデシュをしばし睨むように見つめ、それから「あっ、分かった」と声を上げる。
「ド健康な体!または、プリティキュートなチャーミングスマイル!!あんた無愛想だもんねー!」
「鏡を見てからものを言え」
小馬鹿にしたような顔で吐き捨てるカデシュに、ドリスの怒りボルテージがぐんと上がってしまう。
「ほーんと、乳ばっかでかくていいトコなしね」
すぐ背後から声が割り込んできて、ドリスは「わあっ!」と飛び上がってしまう。慌てて振り返ると、毎度お馴染みのお邪魔虫、ミニモンが腕組みをしてドリスを睨んでいた。
「ミニモン!どっから湧いて出たのよ!!」
「うっさいわねッ!!あんたこそ、なにカデシュ様と仲良く語らってんのよ!!」
「別に仲良くなんかないわよ!」
「どうでもいいけど、アタシって言う正妻がいるんだから、巨乳の抱き枕なんぞカデシュ様には必要ないのよ!!」
「なっ!!何であたしがコイツの抱き枕になんなきゃなんないのよ!!!」
顔を真っ赤にしてドリスが怒鳴った。
「早とちりしてんじゃないわよ!!ミニモン頭おかしいんじゃないの!!?」
「何ですってキーーーッ!!!」
怒鳴り合いを側で聞いていたくなくて、カデシュは席を立った。
なぜ女性というものは、こうもけたたましいのだろう。
ヒステリーに付き合ってられるか、という顔で、彼はスタスタと歩いて行ってしまう。
「ちょっとドリス!あんたのせいでカデシュ様行っちゃったじゃないのよ!!」
「あたしにせいにするか!?」
「この乳牛!!ホルスタイン!!能ナシー!!」
「ぬぁんですって!!もういっぺん言ってみなさいよ!!!」
城の廊下を歩いていると、前からテンが、ゲレゲレたちと戯れながらやって来た。
「あ、カデシュ!ドリス見なかった?」
「あの女なら中庭だ」
「ほんと?よし、じゃあ抱っこしてもらいにいこっか、ゲレゲレ!」
ガウッと機嫌良く答えるキラーパンサーのたてがみを撫でながら、テンはカデシュの横を通り過ぎていく。
「待て」
呼び止められて、テンは「?」という顔で振り向いた。
「お前があの女になつくのは、母親のようだからか?」
「?? ドリスって、ぼくのお母さんに似てるの?」
「いや……」
そうじゃなくて、という顔のカデシュに、テンはニッコリ笑って答えた。
「だって、ドリスってあったかくってふわふわってしてて、気持ちいいんだ。抱っこしてもらうと落ち着くんだ。カデシュも今度してもらうといいよ!」
いや、それは少々問題が、と心の中でツッコミを入れるカデシュ。
「ぼく、お母さんってどんなのかよく分かんないけど、ドリスが抱っこしてくれてる時、こんな感じなのかなって思ったことあるよ。こわい夢を見たときでも、抱っこしてもらったら、ああ、もう大丈夫だって思えるんだ」
ドリスの中にはあたたかなぬくもりと安らぎがある。
そういうことだろう。
少々乱暴で口うるさいのを我慢すれば。
「なるほどな」
「うん!」
ニコッと笑うと、テンは無邪気な爆弾発言を残して去っていった。
「ドリスに言っといてあげるね!カデシュが抱っこしてほしがってたよ、って!」
「な!」
一瞬にして、無表情なカデシュに明らかなほど焦りの色が浮かんだ。
「違っ!ちょっ、待て!おい!!」
しかしその時には既に、テンは中庭の方へ猛ダッシュし始めた後だった。
その日1日、ドリスがあからさまな態度でカデシュを避けたことは言うまでもない。
そして、その様子を見て誰もが「またいつものケンカか」と思ったことも言うまでもない。
真相はカデシュの心の中だけに。 |
微妙な関係にある若い男女は、無邪気なコドモの干渉でグラグラ揺れちゃいますねってことでひとつ(笑)
原作漫画読んでても、「おいいい加減認めちゃいなよお前らよぉ」と何度なったことか! [ 戻る ]
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