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Novel
DRAGON QUEST V + 天空物語 > 失われた時を求めて〜約束〜

 もし、一つだけ願いが叶うとしたら、君なら、何を願う?
 彼の言った言葉は、カデシュの胸に小さな波紋を描いて広がっていった。

 グランバニアの若き国王が帰還してから、もう2週間が経とうとしていた。
 彼よりも数日遅く、グランバニアへと戻ってきたストロス国の王子カデシュは、そんな国王を不思議な面もちで眺めていた。
 不思議な男、だった。
 テンやソラの父親で、この国の王。仲間モンスターたちの慕う主人であり、サンチョやオジロンの信頼も絶大。そして、ドリスのいとこであり、彼女の初恋の人でもある、この男。
 父親と名乗るには、まだまだ幼い風貌。8年間も石像にされていたのだから、それは仕方のないことだ。おそらくカデシュと並んでも、そう歳の違いは見られないだろう。
 微笑む表情は穏やかで、どこか深い悲しみをたたえた澄んだ瞳。優しくも頼りない物腰は、自分の方が冷静な判断を下せるのではないかと思うほど、子供じみている。
 そう、子供じみているのだ。
 笑い方も、仕草も、話し方も。同じ王族出身の者から見ても、とても王族とは思えない。王族特有の覇気や威厳、まして立ち居振る舞いなど話にならない。
 彼のそれは、かつて旅人であったという頃のままのようだ。
 そんな男が、この国の国王だという。
 自分の方がよっぽど、王族らしい王族だと、カデシュは思った。
 そして、そんな国王を国王としてたたえ、立派に成立しているこの国を、不思議だと思った。

 自分の信念の中にある王国とは、国王を絶対的権力とし、国王を王権神授で支えているスタイルだった。王は国民全てを統治し、把握し、権力を振るう存在でなければならなかった。
 尊大なる王としての態度は、だから、彼のように柔らかく親しみやすいものであってはならなかった。 絶対的権力は、その者が偉大なる存在でなければ成立しない。
 国王とは、崇められるべき存在であり、「神」たる存在でなければならなかったのだ。
 その信念と彼は、だから、もの凄くかけ離れた存在だった。
 カデシュの王国観とは、正反対に位置する存在だったのである。

「君は時々、僕のことを不思議そうな眼で見るね」
 夕暮れ時。
 中庭の庭園でたたずみ、オジロンに渡された帝王学の書物を紐解いていたカデシュに、国王が近寄ってきた。
 顔を上げたカデシュと目が合うと、彼はそう言った。穏やかな微笑みがそこにあった。
「そうか?」
「うん、そうだよ」
 苦笑するように笑って、彼は、カデシュの隣に少しの距離を開けて、腰を下ろした。
 その自然すぎる態度が、ふとカデシュの鼻についた。
 この男は、私が人に干渉されるのが得意でないことを知っている。それを、一瞬で感じ取ることができる。嫌味なくらい、自然に。
「別に、避けているわけではないがな」
「うん、分かってるよ」
 ほら、また。この男は、言葉ではない何かで、相手の力量を量ることができる。
「君は、時々僕のことを不思議そうな眼で見てる」
 国王はカデシュを見ないままに言った。
「たぶん、今まで君は、僕みたいなタイプの人間に会ったことなかったんだね」
 微笑む彼に、カデシュはページをめくりながら言った。
「会っていたとしても、私がお前となれ合うなどあり得ないだろうな」
「全否定するね」
 くすっと笑って、国王は初めてカデシュを見た。
「でもまあ、仕方ないかな。君にとって僕は、『後から現れた男』だからね」
 面白そうに、くすくすと笑った。カデシュは訝しげに、眉間にしわを寄せる。国王はカデシュと目が合うと、ニッと笑った。
 そして、「ありがとう」と穏やかに微笑む。
「君のことは、みんなから聞いたよ。僕を石化から救うために、国宝だったストロスの杖を授けてくれたってことも」
「なりゆきだ。あの場で杖を授けなかったら、私はきっと半殺しでは済まない」
「ドリスだね」
 くすっと笑いながら、彼は言う。
「いい子だろ? 僕には兄弟がいないから、妹の感覚なんて全然なかったんだけど。彼女に会って、妹を持ったような気持ちになった。自分の感情にすごく素直で、まっすぐなんだ。かわいいよな」
「同じだけ乱暴で口うるさいがな」
「ははっ、言えてる」
 白い歯を見せて笑うと、彼はベンチにもたれて、しばし空を眺めた。
 夕陽が、空と大地を黄金の色に染め上げていた。
「キレイだな」
 国王は柔らかな微笑みを浮かべて、夕焼けの光を見つめた。
 自分たちを包む金色の光に、洗礼を受けるかのような。
 しかし、同じく金色の光に包まれたカデシュは、まるでその光から顔を背けるみたいにして、うつむいてしまっている。
 この美しい夕暮れは、やがて夜が来ることの証だ。いつまでも美しい光に包まれていられればいいのに、夕暮れは瞬間で終わり、長く暗い夜がすぐにやってくる。
 夕暮れの輝きは、夜の恐ろしさから人の気をそらすためのまやかしのようだ。
 この美しさにうっとりしていると、背後から忍び寄ってくる夜の闇に不意打ちを食らうことになる。
 それはたぶん、人の優しさと同じだ。
 美しく気持ちのいい優しさにごまかされ、人は裏切りという名の夜に引きずり込まれてしまう。
 カデシュは、そんな風に考えてしまう。
 だから、美しい夕暮れの光が嫌いだった。
「カデシュ?」
 うつむいているカデシュに、国王は不思議そうな顔をした。
「どうかしたの?」
「――いや……」
「せっかくこんなに綺麗な夕陽なのに。見ないなんて勿体ないよ」
 カデシュは黙り込んだ。
 この黄金色の光は、幸せだった頃の幼い日の記憶に似ている。柔らかな腕に抱かれていた幼い日。今は、とても遠い場所。
 ふと、苦しいような切ないような目をしたカデシュに気付いて、国王は夕焼けに目を戻した。
「……君も、幼い頃に親を亡くしたんだってね」
 静かに、彼は言った。
「僕も同じなんだ。6歳の時、魔物の頭領に父さんを殺された。父さんは、僕を守るために、無抵抗で殺された。僕の目の前で」
「…………」
「その時僕は、何も出来なかった自分を恨んだ。子供だった自分を憎んだ。抵抗する術も、大切な人を守る力も持たなかった自分が、悔しくて仕方なかったんだ」
 国王の声を聴きながら、カデシュの脳裏に浮かぶのはストロスでの惨劇。
 何も出来なかった自分を憎み、子供だったと言い訳することしか出来ず、自分の弱さを魔物への憎しみに転嫁することでしか生きていけなかった。
 自分の無力さを痛感しながらも、それを認めることが出来なかった。
「そう思ったら、僕たち、よく似てるね」
 自嘲するように、彼は笑った。
「僕がかつて天空の勇者を求めたのは、母さんが魔界に連れ去られたって分かったからだ。父さんが死ぬ間際、魔界へ行くには勇者の力が必要だって言ってたから。君も、似た理由だよね。魔物を根絶やしにするためには、魔界に行く必要がある。だから……」
 カデシュは何も言わなかった。当たっているから、何も言えなかった。
「魔物を根絶やしにするって、本当に君はそんなことができると思う?」
 その質問に、カデシュはようやく顔を上げた。
「どういう意味だ」
「これだけたくさん魔物が量産されている現状を、君は肌で味わったはずだ。それを見てなお、君は根絶やしにできるって思うかい?下手をすれば、人の数よりも多い魔物を」
「できないと言いたいのか」
「できないね」
 キッパリと、彼は言った。
「根絶やしにするというのは、どう考えても無理だ。敵は新たに量産を試みるだろうし、魔物だって子を生む。それこそ、ネズミ講のように増えていくよ。イタチごっこになるのがオチだ」
「何が言いたいのか、よく分からんな」
「考え方を変えてみろってことだよ」
 国王はまっすぐに前を見据えていた。カデシュは、そんな彼の横顔を見る。
「僕が仲間にしたモンスターたちを見ればいい。あの子たちは凶暴かい? 人と見ればすぐ襲いかかるかい?野生のモンスターとは違うだろう?」
「……確かにな」
「要は、魔物たちを統率し、洗脳している大元なんだ。大元を叩けば、魔物たちを人を襲わないようにコントロールし直すことだって不可能じゃないはず」
「帝王学の基礎か」
 ふ、と口元で笑って、カデシュは言った。
「城を落とすにはまず城主を落とせ。統率する者を失えば、あとは放っておいても総崩れに崩れていく」
「そ。やっぱり君は話し甲斐があるや」
 ニコッと笑う国王に、カデシュは少々困ったように視線を泳がせた。
「だからね、僕は魔物を根絶やしにするよりも、その大元を叩いてしまいたいんだ。魔物たちのためにも」
「魔物たちに罪はないと言いたいわけか」
「チェスと同じだよ。兵隊の駒は、王の命令には絶対服従だし、死ねと言われれば問答無用で死ぬ運命だ。王には兵隊の命なんて見えてない。それじゃ兵隊がかわいそうだろう?」
「随分とお人好しだな」
「そうかな」
 ふふっと笑って、国王は薄闇の色に変わり始めた空を見た。


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