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Novel
REBORN! > デンジャラス・ライフ

 一体どうすればいいんだろう。
 綱吉は冷や汗の滴るまま、硬直しきって絶望感に打ちひしがれた。

 ここはどこだ。
 そう、いつもの学校の応接室。普段は絶対に足を踏み入れることのない場所。
 中学生らしい喧噪や若さに満ちた笑い声など微塵もなく、やけに大人びて、ソファの革の匂いや書類やデスクの匂いがして、まるで会社のオフィスのような雰囲気すら醸し出している。
 そんな応接室には明らかに場違いな、ただのイチ生徒にすぎない綱吉が、今はソファにちょこんと腰掛けざるを得ない状況に陥っている。
 そうして、綱吉の膝の上で眠りこけている恐怖の風紀委員長の姿。
(えーっと……)
 困り切って、綱吉は視線を泳がせた。
(一体これは、何事……?)

 放課後、突然教室に雲雀が現れて、この応接室まで引きずって連行された。いつもなら常に綱吉の側を離れない獄寺が噛み付きそうなものなのだが、ちょうど日直だとかで渋々山本と共に職員室に呼ばれたところだったのだ。
 今頃獄寺は、狂わんばかりに「十代目ェェェエエ!」と叫び倒しているに違いない。
(でも獄寺君って、ちょっと心配性がすぎるんだよなあ……)
 ちょっとは俺のことを信用してくれてもいいのに。
 獄寺の過剰な心配に、多少拗ねたような気持ちすら抱いてしまう綱吉であった。
 だが今のこの現状からすれば、早くこの応接室に飛び込んできて助け出して貰いたい気持ちも強い。
 普段から肉食獣のような異様に鋭いオーラを醸し出している雲雀が、自分の膝を枕代わりにしてすよすよと無防備に眠りこけているのだ。
 これでは身動きすることもできないし、第一身動きでもして雲雀を起こそうものなら、どんな鉄槌が下される事やら考えただけでもオソロシイ。
 ぞっと背筋を凍らせて、綱吉はぶるりと身震いした。
 雲雀はまだ目覚めない。

「ここのところ風紀委員の仕事が立て込んでてね」
 満足に寝てないんだ。
 応接室に連れ込むなり綱吉をソファに座らせて、有無を言わさぬうちに膝枕をさせ寝入ってしまった。
「あの、ちょっと、雲雀さん!?」
 ギョッとなって抗議の声をあげる綱吉など、まるでお構いなし。傲岸不遜な委員長殿は、相手の意見を聞く耳をお持ちではないらしい。
 起こしたら咬み殺すよ、という無言のオーラに押し遣られ、それに対抗する気力も勇気も持ち合わせていない綱吉は、こうしてはや20分も雲雀に膝枕を強要されているのである。
(ひょっとしなくても、俺って、まくら……?)
 一体自分の何を気に入って枕代わりになさるのか、そもそも自分は果たして雲雀に気に入られているのか、はたまた新手の嫌がらせなのか、なぜまた自分なのか、疑問は次々に降ってわくのだが、当の雲雀自身がそれに答えてくれる気配は微塵もない。
 そも、問いただす勇気も度胸もない。
 分かるのは、こうして雲雀が今、自分の膝で寝息を立てているという事実だけだ。
(あ、髪の毛さらさらだ)
 漆黒の猫っ毛が、僅かに目にかかっている。雲雀が呼吸するたびに、かすかに揺れる髪。切れ長の目を縁取る睫毛は男にしては長めで、窓からの光を小さく反射させていた。
(いいなぁ、俺なんか癖毛だもんなあ。まあランボよりはマシだけど、雨の日とかいやなんだよね)
 さらさらと流れる黒髪を見ているうちに、少し触ってみたい気持ちに駆られる。起こしたら確実に咬み殺されるだろうから、起こさないように慎重に。
 目にかかっていた前髪を少しよけてやると、雲雀はかすかに眉間にしわを寄せたように見えた。だが、別段起こしてしまったわけではないらしい。
 ホッとなって雲雀の寝顔を見ているうちに、何だか綱吉まで眠くなってくる。
 夕暮れのかかった静かな空間に、部活中の生徒たちの声だけが遠くに聞こえる。膝の上で眠る雲雀の体温と、かすかな寝息。
(あー……、何か俺まで眠くなってきた……)
 ふあ、と欠伸をして、目を擦る。
 雲雀は、まだ起きそうになかった。


「てんめっ……! 離せコラァ!」
「バカ!しー!!」
 応接室の入り口付近で、山本と、彼に羽交い締めに取り押さえられた獄寺が暴れていた。
「こうしている間にも十代目がっ! 十代目の神聖なお膝がっっ!! 雲雀のヤ……んぐ!」
「ちょ、気持ちは分かっけどよ、いいからとにかく騒ぐなって」
「ンぐー!!」
 大声で怒鳴る獄寺の口を咄嗟に手で塞いで、暴れる両手両足を、座り込んだ状態で取り押さえて、山本はため息をついた。
「ったくあのセンパイは……、人騒がせにも程があるってな」
 チラリと、薄く開けたドアの隙間から中をうかがう。
 そして、山本は苦笑いを浮かべた。
「爆睡ってか……」
 むごごごご、と腕の中で大暴れしている獄寺を押さえつけつつ、すぐ側に音もなく立っている赤ん坊に目を向ける。
「入っていかねえのか?」
「……俺が行くまでもねえだろ」
 黒い帽子の下から大きな瞳でそう言い返して、リボーンはふいっと踵を返した。
「ん? あれ? 行っちまうのか?」
「……まあ、たまにはファミリーとのスキンシップも必要だろ」
 チラッと振り返ったその視線の先では、雲雀に膝枕をしたまま、呑気な顔で眠りこけている綱吉の姿があった。
「スキンシップねえ……」
「おいお前ら。あと10分待ったら乱入してかまわねーぞ。ダメツナのやつを殴り倒してでも連れて帰ってこい」
 そう後ろ姿で言い残すリボーンに、途端に山本の手を振り解いた獄寺が目を輝かせた。
「はいッ! 分かりましたリボーンさんッ! お任せください!」
「ハハ、10分なー……」
 困ったように笑い、
「……長げーな」
 10分のカウントダウンが開始されたとも知らず、綱吉はまだ平和に爆睡を決め込んでいた。
 そうして彼の膝に頭を載せたまま、ドアの外の騒がしい気配にすっかり目が覚めてしまった雲雀は、極めて不機嫌そうに呟いた。
「……入ってきたら全員咬み殺す」

 応接室突入まで、あと9分42秒。


とりあえず、愛されボンゴレ。

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