Kirsikka*  ここは「水城りん」が自分の好きな作品への愛をダダ漏らせている個人サイトです。
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Novel
REBORN! > Even if

 イタリアのとある街にあるホテルのバーで、雲雀はふ、と小さな息を吐いた。
 自分の吐息が幾分酒気を帯びているのが分かる。普段はあまり飲まないバーボンやウィスキーといった、いわゆる洋酒の類を咽に流し込んでいるせいだ。
 酒自体は嫌いではないが、和風を好む雲雀のこと、酒も体に馴染んだ日本酒の方が好みではあった。
 薄暗い小さなバーのカウンター。
 仄明かりの蝋燭が灯されて、客の数もまばら。かかっているのは緩やかなジャズだ。視線を上げた先に並ぶ酒は、なるほど高級ホテルと言うだけはある上等なものが多い。
 ウィスキーのグラスを傾けながら、ふと、隣の席に座る女に視線をやる。
 数時間前に再会したばかりの彼女の名は、沢田美並といった。

 美並に会うのは4年ぶりだった。
 彼女が高校3年の年、彼は海外へ旅立った。今年、彼女は22歳になる。
 雲雀の知る4年前の美並とは違って、隣に座る女性は、制服を着ていない。茶色の髪も、出会った頃と違ってツインテールではない。シックな色合いのワンピースの、肩より少し下で、少し癖の付いた髪がさらりと揺れている。
「懐かしいわね」
 唐突に、彼女が口を開いた。
「昔はあんなに、毎日イヤって言うほど顔を合わせてたのに」
「……朝の風紀チェック?」
 そうそう、と美並は笑んだ。
「あんたのおかげで一体何回遅刻したことか」
「ギリギリで飛び込んでくる君が悪いんだろ」
「毎朝喧嘩をふっかけてきたのはどっちよ」
「勝負と言ってほしいね」
 クスクスと、彼女は笑う。琥珀色の液体が入ったグラスに唇を付けて、本当に懐かしいわ、と、少し遠い目をする。
「……今日、ボンゴレの本部に行ってきたの」
 9代目に呼ばれて行ったのだと、彼女は続けた。
 彼女の弟も今、その本部に他の守護者たちといるという。
「……お見合いしろ、だって。会うなり言うのよ。相変わらずふざけてるわよね」
 自嘲気味に、グラスの氷をカラリと揺らした。
「今のボンゴレは、血統的にはとても弱ってるんだって。だから、直系である私や綱吉が早いところ結婚して、子供を作ってくれないと困るんだってさ」
「……ふうん」
「私がハタチを超えるまではって、9代目のおじーちゃんも待っていたらしいわ。実際ハタチの誕生日から、ソレばっかり言われてきたもの」
 ――ミナミちゃん、今彼氏はいるのかい?
 ――結婚する予定とか、ちゃんと考えているかね?
 ――ミナミちゃんには最高の男をムコとして当てたいと思ってるんだがね。
 ――私が生きている間に、ミナミちゃんの子供を抱っこさせておくれよ。
 会うたび会うたび、のらりくらりとかわしていたのだが、今回は痺れを切らしたらしい先方が先制攻撃に出てきたのだ。
 本部に着くなり9代目の側近たちに羽交い締めにされ、美容部員たちにもみくちゃにされながら見合い写真なるものを撮られ、ぐったりしているところに9代目が有無を言わさぬ口調で言いはなった。
 ――二日後に、とあるファミリーのご子息と見合いをしてもらいたい。
「本当にふざけてるわ」
 怒りがぶり返したのか、怒気混じりの息を吐いた。
「私の気持ちなんてお構いなしよ。私より綱吉に言えばいいのに」
「……綱吉は?」
「今頃執務室にがんじがらめよ。隼人がサポートに就いてくれてるからいいようなものだわ。あの子一人であの鬼みたいな書類の山と格闘できるわけないじゃない」
「違う、そうじゃない」
 言われて、美並は「ああ」と自嘲した。
「綱吉は、相変わらず京子に熱上げてるわ。京子はまだ学生だし、なかなか進展しないみたいね」
「そう」
「ホント、あいつには純愛の女神が付いてるのかもね」
 笑って、グラスを傾けた。
 キャンドルの明かりに照らされて、指先がきらりと光る。
 4年前でも見たことがなかった、マニキュアの光だった。
「……………」
 雲雀は押し黙ったまま、横目で美並を観察する。
 ――綺麗に、なった。
 素直にそう思った。
 昔から――出会った頃から、美並は群衆の中にいてもぱっと目を引くような少女だった。弟の地味さや目立たなさと比べると、不公平なんじゃないかと思ってしまうほど。
 ワンピースに包まれた体も、大人の女性のそれになった。活発で活動的だった、少女らしい瑞々しさも残ってはいるが、大人の女の色気、のようなものが彼女を包み始めている。
 マニキュアも然り、ヒールも然り、艶やかに光るルージュも然り。
 細い手首に、華奢なブレスレットがキラリと光った。
 ――あれは、知っている。
 綱吉が10代目ボスとしてイタリアへ渡ったとき、内祝い的にボンゴレから送られたもの。
 まるで手錠ね、とその時彼女は笑ったそうだが。
 じっと見ていることに気付いたのか、美並が雲雀を見た。
 その瞳が酒に潤んでいるのに気付いて、思わずドキリとした。
 否定するように口を開く。
「見合い相手、どこのファミリー?」
「さあ……よく知らないけど」
 ある大マフィアの名を、彼女の唇が紡ぐ。
「なるほどね」
 歴史あるボンゴレとそのファミリーなら、確かに釣り合いは取れるだろう。9代目とやらの心配事も、組織を考えればうなずけることではある。やり方は気に入らないが。
「……ねえ雲雀」
 ――何考えてる?
 続けようとした言葉を呑み込んで、美並は口をつぐんだ。雲雀の強い黒瞳と、視線がぶつかったからだ。
「君は――」
 目を逸らすことなく彼は言う。
「さっき獄寺のことを、名前で呼んでたね」
「……へ?」
 思いもかけないところを付かれたらしく、美並は綺麗な瞳をぱちぱちさせた。
「他の守護者のことも、名前で呼ぶの?」
 一瞬何のことだか分からなくなって、キョトンとしたまま、美並はうなずく。
「まあ、大体は。隼人は特に、昔からうちに入り浸ってたし、ビアンキの呼び方が移ったって言うか。了平はクラスメイトだったし今でもランチくらいは付き合うし。骸たちは昔から下の名前だしなあ。あ、でも山本はそのままだわ」
 目を泳がせて考えながら、答える。
「で、何で僕は名字なの」
「……へ?」
「あの跳ね馬ですら、忌々しいことに下の名前で呼ぶのに」
「……ツナは名字にさん付けじゃない?」
「君の話をしてるんだよ」
 イヤに食い下がる。美並は少し態度がおかしい雲雀に、今更のように気付く。
 ひょっとして、雲雀は酔っているのだろうか。
「じゃあ、名前で呼んだ方がいいの?」
「呼んでみなよ」
「…………恭弥」
「…………………」
「……何で黙るのよ」
 押し黙った雲雀を見て、美並はムッと唇をすぼませる。
「卑怯ね、相変わらず」
「何が」
「自分ばっかり望んで、手に入れて。相手のことは考えないのね」
 ――そんなわけないだろう。
 思わず言いかけた言葉を、酒と一緒に流し込む。
 ――自分ばかり望んで、手に入れて?
 望んですぐに手に入れられるものなんて、価値はない。
 一番手に入れたいと望むものには、まだ、手を出せそうにない。
 ――……まだ?
 チラリと、美並を見る。彼女は容赦なく、雲雀を見つめていた。出会った頃と変わらない、美しい強気な瞳。
「僕にどうしろって言うの」
 まずは、牽制球。
「君のことも、沢田じゃなく名前で呼べって?」
「そうよ」
 ずい、と身を乗り出してくる。感じる体温が、より近くなる。
「――美並」
 咽から出たのは、囁くような掠れ声だった。
「もう一回」
 彼女は本当に容赦がない。
「ちゃんと呼んで」
 ねだるような声。
「美並」
 途端に、彼女が泣き出しそうな顔をした気がした。
 カウンターに向き直った美並に、今度は雲雀の攻撃が始まる。
「君こそずるいじゃないか。君は一回、僕は二回も呼んだ」
「…………っ」
 彼女は揺れている。唐突に、美並の心情がはっきりと分かった。
 美並は、止めて欲しいのだ。
 無理やり組まれた見合いに臨まねばならない、そんな自分を。
「嫌なら、断ればいいじゃないか」
 美並の肩が、ビクリと跳ねた。
「どうしても行かなきゃならないなら、会うだけ会って、断ればいいだけだろ」
「そんなこと、できるわけないじゃない」
 9代目の顔、ボンゴレの顔、しいてはツナの顔。全てに泥を塗るなんて。
「君、変わったね。君らしくもない。昔の君なら、嫌なことははっきり嫌だって突っぱねてきたじゃないか」
「だって……」
「言い訳なんて聞きたくないよ」
 今度は雲雀も容赦しなかった。
「君はどうしたいの」
「…………っ」
 唇を噛みしめる美並が、ぎゅっと両の拳を握りしめている。
「さっきから、君は人の意見ばかりだ。全然、君が見えない」
「私……」
「君は、どうしたいの」
 もう一度、雲雀は訊いた。美並の心が、大きく揺らいでいるのが分かる。
「私は……」
 美並の瞳に、涙が浮かんでいるのが見えた。
「お見合いなんてしたくない」
 手が白くなるほど、両手を握りしめて。
「無理やり、会ったこともない人とお見合いさせられて、結婚なんて。そんなの間違ってる。私はそんな政略結婚じゃなくて……ちゃんと、好きな人と……」
「……何だ、ちゃんと言えるじゃないか」
 涙を伝わせた美並が、顔を上げる。
「安心したよ。芯の強さは変わってないみたいだね」
「…………っ」
 くしゃっと歪みそうになるのを必死に堪えるみたいにして、美並は涙を拭った。
 ふっと小さく笑って、雲雀はグラスをカウンターに置いた。
「ご褒美に、今回は助けてあげる」
「……え?」
 ぐす、と鼻をすする美並に、指にはめていたリングを抜き取ってそれを差し出す。
 意味が分からない、という顔の美並に、
「虫除けにはなるだろう?」
 テーブルに載せられたリングを見て、美並は慌てて雲雀を見上げる。
「ちょっ、これ……」
「いらないって言ったんだけど、君の弟に押しつけられてね」
 君に貸してあげる。涼しい顔をして言って、またグラスを傾ける。
 美並はしばらくぼんやりとリングを見つめていたが、やがてリングを手にとって、ふふっと笑った。
「これ見たら、ツナたちなんて言うかしらね」
 そうして、ためらいもなく左手の薬指にはめる。キャンドルの明かりに光る、雲のボンゴレリング。
「サイズが合わないわ」
「いらないなら返してよ」
「いえいえ、いりますいります! 有り難くお借りします雲雀様!」
 言ってから「あ」と気付いて、
「恭弥」
 ふいうちだった。
 そんな風に、微笑みながら呼ぶのはふいうちだ。
「なるほどねー、これがあれば見合いもブチ壊れるわよねー。あんた意外に頭いいのね」
「……やっぱり返すかい」
「ごめんなさいすみませんもう言いません!」
 ふざけてみせた美並が、ウィスキーを飲みながら、気のせいだろうか嬉しそうに左手のリングを眺める。角度を変えるたびに、薄いピンクのマニキュアがキラリと光る。
「……美並」
 美並が振り向く。
「イタリアにはいつまで?」
「……あと一週間はいるつもり」
「ぶち壊しに行ってあげようか」
 二日後の見合いのことを言っているのだと気付くのに、二秒ほどかかった。
「……仕事は?」
「どうにでもなる」
「悪いボスね」
 草壁君の苦労が偲ばれるわ、と美並は苦笑した。
「それと……」
 何となく視線を外して、雲雀は付け加えた。
「ここの上に部屋を取ってるんだけど……」
 来るかい?
 誘いを感じ取って、美並の頬にパッと朱が散った。
 二秒ほど視線を泳がせた後、美並はそっぽを向いたまま、
「……飲み直すにはいいかも、ね」
 そうして、雲雀は残っていた酒を咽に流し込んだ。
 その様を、美並が見つめているのが分かった。
 酔いが一気に回った気がした。


捏造色強すぎですみませんでした。ちなみにタイトルは平井堅の名曲。イメージもそのままです。
どうしたい?とは訊くけれど、好きな人いるの?とは訊けなかった雲雀。
狙った獲物が確実に仕留められると分かるまで、あくまで主導権は相手に持たせる。
逃げ道を用意しておいて、それを選ばないと分かった途端食らいつく。一番ずるいやり方ですね(笑)
それくらい、恋愛に対して臆病で慎重な雲雀でした。ミナミが墜ちてくるまでずっと待っていた。
これの後編が「Crocevia」になります。ちょっとお色気あり。

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