Kirsikka*  ここは「水城りん」が自分の好きな作品への愛をダダ漏らせている個人サイトです。
 各作品の関係者各位とは全く関係ありません。

Novel
REBORN! > 操縦不可

 応接室の窓から見えたのは、例の女子だった。
 文化祭の近いこの時期だからか、制服ではなく踝まで届く真っ白いドレスを着ていた。袖口がやけに広く、背中も大きく開いた服だった。
 演劇部か何かだったのだろうか。その姿は有名な古典演劇に出てくる、ヒロインの姿のようだった。
 彼女の名前は何と言ったか、そう、確か沢田……、沢田美並。そんな名前だったはず。
 例の小動物、沢田綱吉の、姉なのだそうだ。
 草壁からの頼んでもいない調査報告で、そう聞いた。
 沢田綱吉を咬み殺した次の日、凄まじい剣幕で嵐のようにこの応接室に殴り込んできた彼女と、それから数度にわたって戦ったが、未だ決着らしい決着はついていない。
 かしましいだけの女子に興味などわかないが、実際に対峙してゾクゾクするような感覚を覚える人間は珍しい。女子となると、まさに希少価値だ。
 そう、ただそれだけのこと。
 男だ女だと言うよりも、強いか弱いか。分類するなら、彼女が強者の部類に入るのは間違いない。
 だから、対峙していてゾクゾクする。強烈に交わされる視線も、発せられる熱も、負けん気も。それらは全て、彼女が強者だからだ。
 ただ、それだけのこと。

「沢田美並」
 校庭の片隅、備え付けられた水道で水を飲んでいた彼女を捕まえる。どうやら化粧までしていたらしく、振り返ったその顔は、薄く紅色に染めた頬といやに艶やかに光る唇とが際だって、それまで見知っていたものよりも冴えて見えた。
 いつも激しく動くたびに別の生き物のようにしなっていた髪は、肩から腰に艶やかに垂れていて、大きく開いた白い背中に温かな色を宿している。長い睫毛は更に色濃く頬に影を落とし、時代がかった髪飾りがしゃらりと揺れた。
「なんだ、あんたか」
 冷たく言うと、彼女はまた水道に向き直った。
「悪いけどあんたの相手してる暇ないの。喧嘩の相手なら、他を当たってくれる?」
 そう言うなり、また水を飲んだ。僕が何も言わず、それでも動かずにいると、彼女は顔を上げてまっすぐに僕を見据えてきた。それはいつもの、僕を見る熾烈な視線。これが例えば、あの赤ん坊や彼女の弟たちの前だとまた、態度も視線も変わってくるのだが。
「この格好を見れば分かるでしょ? 今度の文化祭で、演劇部にヘルプ頼まれてるのよ。申請予算が通った件、あんたも同席してたんだったら知ってるでしょ?」
 そう言えば、そんなこともあったような。
「シェイクスピアだったら私の出番なんてなさそうなもんだけど、アクションをこなせるヒロインが欲しいって頼まれたの」
「……表題は何」
「ロミオとジュリエット、の、アレンジ版」
「………………」
「………」
「………………」
「……何よ」
「……随分猟奇的なジュリエットだね」
 彼女が苛立ったのを感じた。眉が寄せられ、視線に嫌悪が混じる。きっと次の瞬間には踵を返して、放っておいてと言い放つつもりだろう。そうして、どこの誰だか知らないロミオの元へ戻るんだろう。
 僕は突如胸の奥に吹き出した、訳の分からない苛立ちを感じながら息を吸い込んだ。
「――――」
 予想通り踵を返そうとした彼女の手を、咄嗟に掴んだ。意外なほどに細くてぞくりとする。あの強烈な拳打を繰り出せるとはとても思えない、華奢な手首だった。
 黒い睫毛に縁取られた目に睨み上げられて、しかし僕は自分が堪らなく昂奮しているのが分かった。
 そう、ゾクゾクした。
 普段と違う格好でまるで別人のように見えるのに、その視線だけは変わらずに熾烈で、容赦なくまっすぐにぶつけてくるから、僕の中の何かが壊れる。
 力任せに校舎の壁に彼女の体を押しつけて、至近距離で見下ろした。背中をぶつけた痛みからか、彼女はまた容赦なく僕を睨み上げる。
「何すんのよ!」
 かまってる暇ないって言ったでしょ!本番までもう時間がないのよ!
 噛み付かんばかりにそう続けようとするのが目に見えて、黙らせたくて、むりやり唇を唇で塞いだ。白いドレスの乙女を犯しているかのような錯覚すら感じながら、舌をねじ込んで口腔を侵してやる。
「……っ……ひば……っ、や、め……っ」
 掠れたような彼女の声が、僕の名を微かに呼んだ。また、ゾクゾクするような感覚が体中に沸き上がっていく。
 この感覚、これはいつも彼女と対峙する時に感じる感覚。そう、まさに戦闘中に感じるもの。だから今のこの状況だって、僕と彼女にはただの勝負なんだ。それ以外の何ものでもない、ただの勝負。
「いつもと同じ戦い方じゃつまらないよ」
「な……に……」
「せっかくいつもと違う格好なんだから」
 唇から漏れる湿気を含んだ吐息を食べて、舌を出したまま顔を離すと、とろっと唾液が糸を引くのが見えた。彼女の目が、泣きそうな色を宿しながらも羞恥と怒りに燃える。
「最っ低」
「……勝負だよ。方法が違うだけで、いつもと同じ、ただの勝負だ」
 暴れて衣装を汚すわけにいかないのだろう、彼女は満足な抵抗さえできないでいる。これでは勝負になりはしない。そう分かったはずなのに、なぜだか僕のゾクゾクは止まるどころか。
 こつ、と額をぶつけると、怒気を孕んだ視線にぶつかった。怒りのせいなのか屈辱なのか、夕焼けや化粧のせいだけでなく彼女の頬は赤い。少し涙の浮かんだ目元まで、朱に染まっていて。
「何が勝負よ」
 ふざけないでと続けられるのもかまわずに、再び唇を塞いだ。
「っふ…………」
 壁に押さえつけた彼女の両手首が、何とかして離れようとなけなしの抵抗を見せている。でも、何だそれは。そんな程度しか抵抗できないなんて、君は本当に、いつも僕に強烈な攻撃をしかけてくる沢田美並なのかと、問い詰めたくなるくらいだ。怒りすら感じるほどに。
 いつもの君なら、振り払うなり突き飛ばすなり蹴り飛ばすなりできるはずだし、むしろそうなることを期待していたはずなのに、何なんだこれは。好きに口内を蹂躙されて、満足な抵抗も見せないで。これではまるで、強者ではなくただの女子ではないか。僕の知っている、僕の戦いたいと思う沢田美並ではないではないか。
 なのに、そんな怒りのような感情まで覚えるのに、口付けを止められないのはなぜだ。
 ゾクゾクするようなあの感覚が、体中を支配して止まらない。
 彼女の吐息が熱い。体が熱くなる。まるで戦闘中のように。
 ただそれでも、彼女の視線だけは強烈に僕を射貫いている。それだけが救いのように思えた。

 この前見かけたけど、君は、とても柔らかく微笑むことも出来るんだね。言いかけて、けれど言わず、僕は唇を離した。手首を開放してやると、彼女はハアハアと肩で息をしながらも、真っ赤になった顔で負けじと僕を睨み上げる。
 花のようだと思った。夕暮れの校庭に見かけた、鮮やかな白い花。
 だが僕は知っている。この花は、本当はとても柔らかく微笑むのだということを。家族や友人や、小さな者達に向けられる優しくて温かい微笑みを、僕は知っている。
 なのになぜだろう、僕の前では花はほころぶことなく、常に荊の棘で武装されてしまう。僕に向けられるのは、温かい微笑みなどではない。強烈でまっすぐな、炎のような視線なのだ。

「沢田……」
 一発くらい殴られるかと思ったのに、それすら彼女はしなかった。ただ、視線で攻めるだけ。彼女はこんなことをされても、決して目を伏せないのだ。彼女は僕から、視線をそらさない。
 僕は笑った。
「何よ、その顔」
 切れ切れに、彼女が言う。
「君は、やっぱり強者だね」
「――はあ?」
「……じゃあね、猟奇的なジュリエット」
「誰が猟奇的よ!」
 顔を真っ赤にして肩を怒らせる白い乙女。
 まったく乙女なんて言葉、君には似合いやしない。僕は少しそう嗤っておいて、ゆっくり踵を返した。彼女の睨み付ける鋭い視線を背中に感じながら。
 決して目を伏せない白い花は、どこまでも鮮やかだ。
 手折ってしまうのは勿体ない。手折ってしまえば、僕の今後の人生がつまらない。
 まだ熱の残った唇に指先で触れて、僕は笑った。


雲雀は基本的に衝動的に動くタイプかと思って。
理性で押さえつけるタイプにも見えるし、でも本能的に衝動で動くようにも見える。
スイッチ入ったら凄まじいんだけどそのスイッチが人と違ったりして、相手にはなかなか伝わらない感じ。
そんな私の実験につきあわされるハメになるミナミ、毎度ごめん(笑)

[ 戻る ]

Copyright since 2005 Some Rights Reserved. All trademarks and some copyrights on this page are owned by Mizuki Rin.