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Novel
REBORN! > バトルロイヤルバレンタイン

 2月14日、バレンタイン。その、放課後。
 学校中のあちこちで、女子生徒たちが勇気を振り絞っていた、その同時刻。
「どいてどいてどいてー!!!」
 絶叫と共に、校舎を疾走する乙女が一人。
 ツインテールをぴょんぴょん踊らせながら、疾風の如く駆け抜ける。階段を飛び降り、壁を蹴って踊り場を一足飛びに飛び越えた彼女は、偶然開いていた扉を目に留めるやいなや、室内へ飛び込んだ。
 そしてその瞬間に、神業とも言える素早さで扉を閉める。
 息を殺したその途端。
「どっち行った!?」
「見失った!?」
「そんなバカな!」
「まだ遠くへは行ってないはず!」
 何人もの足音と怒鳴り声が、部屋の前を通り過ぎていった。
 台風のような大騒ぎに追いかけられていた乙女の名は、沢田美並。彼女は廊下が静かになったのを確認すると、大きく息をついてその場にへたり込む。
「もー、何なのよ一体〜……」
「こっちが聞きたいよ」
 誰もいないと思っていた室内から冷たく声が飛んできて、美並は危うく「ぎゃっ」と叫びそうになった。慌てて口を両手で押さえる。
 顔を上げると、不機嫌そうな顔をした風紀委員長様が、デスクに腰掛けたままこちらを見ている。どうやらよりにもよって、風紀委員の執務室である応接室に飛び込んでしまったらしい。
(うーわー、最悪)
 美並は容赦なく愛らしい顔を歪めた。
「何だいその顔」
 美並のあからさまに嫌そうな態度がお気に召さなかったのか、彼はぴく、と眉をつり上げる。
「人の仕事中に騒ぐと、どうなるか分かってるよね」
 デスクから立ち上がりかける雲雀を見て、美並はため息をついた。
 彼はいつもこうだ。少しでも嫌だとか鬱陶しいとかいった態度を見せると、途端に不機嫌になる。いつもいつも強制的に戦闘にもつれ込まされている美並からすれば、ごく自然な態度だと思うのだが、この傍若無人ぶり。一体どうしろと言うのだ。別に美並は彼のように、特別に戦闘を好む性格ではないというのに。
 こういう人種は話しても無駄。せめてもう少しこの男に、人の話を黙って聞く、そしてそれを素直に受け入れる、というスキルがあったなら。
 ため息混じりに、美並は雲雀を見上げる。
 と、その時。
「まあまあ委員長」
 唐突にガラリと扉が開いて、背後からナイスなリーゼントが現れた。美並は今度こそ「ぎゃっ」と飛び上がってしまう。
「今日はバレンタインなのですから。沢田嬢の苦労も偲んで差し上げては」
「草壁君……。脅かさないでよ、あーびっくりした」
 美並はがっくりと肩を落とす。
「……どういう意味?」
 怪訝そうに、雲雀は眉をひそめて部下を見遣る。草壁は苦笑混じりに美並を見、
「委員長もご存じでしょうが、沢田嬢は男子だけでなく、女子からも絶大な人気を集めているんですよ」
 そうなのだ。
 スポーツ万能、成績優秀な沢田美並は、ことある事に様々な部活のヘルプにかり出され、テニス、バスケ、バレー、水泳、女子サッカー、ソフトボール等の運動部はもちろんのこと、茶道、華道、演劇といった文化部までそつなくこなす、最強のお助けガールなのである。
 そんな美並は学校一の頼れる存在として、女子から絶大な支持を受けているのだ。
「え……ひょっとして……」
 崩れ落ちそうな脱力感に堪えながら、美並は呟いた。
「さっき女子に追いかけられてたのって、私にチョコを渡そうとしてたってこと?」
「…………」
 分からずに追いかけられてたのか。
 雲雀も草壁も、呆れたように沈黙した。
「私はてっきり、普段私が獄寺君とか山本とか、女子に人気の男子と仲良くしてるから、イジメ的な意味で追いかけられてるのかと……」
「…………」
「だ、だって私、人にどんな風に見られてるかなんてあんまり気にしてなかったし……。おまけにさっきのは、1年から3年まで学年を問わずって感じだったから、余計に……」
「あー……、沢田嬢」
 実に言いにくそうに、草壁が咳払いをした。
「沢田嬢はもう少し、自分のことに関心を持った方がよろしいかと」
「そ、そう言われても……」
「以前フウ太殿に協力していただいて取ったランキングの結果なのですが……。並中で女子にもっとも人気のある人物の栄えある第一位が、三回連続不動で沢田嬢なのですよ」
 美並は沈黙した。
 そして、密かに心の中でツッコむ。
 ――― お前ら、何のランキング取っとんねん!!
 がっくりと肩を落とした。
「女子にばっかりモテてもあんまり嬉しくない……」
 トホホ、という気分で嘆息していると。
「やっぱり没収するべきだったね」
 デスクの方から、呆れたような声が聞こえた。
「学業に必要のないものは全て没収。バレンタインだろうが関係ない。……草壁、今からでも委員全員に通達してくれる」
「ちょっ! あんたねえ! 年に一度のお祭りみたいなもんでしょ。女の子たちにとっては決戦の日なの。そのくらい大目に見なさいよ」
「そういうのは学校の外でやってくれる」
「好きな人に会えない学校なんて来る意味ないのよ、女子としては」
「沢田嬢、それは違うかと」
 草壁の冷静なツッコミが冴え渡る。
「度量の狭い男は嫌われるわよ」
「凶暴肉弾生物に言われても痛くも痒くもないね」
 ビシィ!
 二人の間に、見えないスパークが弾けた。
「お二人とも、落ち着いていただけますか」
 しかし、既に戦闘モードに切り替え完了してしまったアタックソルジャーたちに最早言葉など通じるわけもなく。
 草壁は嘆息して、静かに退室した。


 所変わって、昇降口付近では。
「ツナ君!」
 ショートヘアをふわふわ揺らして、笹川京子が駆け寄ってきた。靴を取り出そうとしていた綱吉は、嬉しい驚きと共に振り返る。
「京子ちゃん!どうしたの?」
 内心は、期待でドキドキな綱吉である。京子はキョロ、と周りを見回して、
「獄寺君たちは一緒じゃないんだ?」
「ああ、うん……。獄寺君も山本も、今日は一日大変なの目に見えてるから、さっさと帰っちゃって……」
「そうなんだ」
 未だにチョコ獲得数ゼロの綱吉は、心に吹きすさぶ冷たい木枯らしに、涙がにじみそうな心境だった。
「そうだツナ君、これ」
 がさがさと可愛らしい紙袋を差し出されて、綱吉の心に一条の光明が差し込んだ。
「ま……、まさか……!まさか……!!」
「うん」
 にっこりと、目の前で京子は眩しく微笑む。
「ひょっとして……!」
 オレに!!?
「美並さんに渡してもらえる?」
「オ……!…………え?」
 感動の表情のまま固まった綱吉には微塵も気付かず、京子はウフフッと可愛く笑って、
「美並さんってこういうの、受け取ってくれないから。先輩たちに聞いたら、美並さんどこかに行ったまま行方不明だっていうし……。ツナ君に預けておけば、渡してもらえるかなって」
 邪気のない顔で、残酷な言葉を吐く笹川京子嬢。
「ね……姉ちゃんに……」
「お願いできるかなあ?」
 ちょっと上目遣いにお願いされて、断ることなど綱吉にできるはずもない。
「うん……いいよ……渡しとく……」
「本当!? ありがとうツナ君!」
 最高の笑顔である。
 じゃあね、と走り去っていく京子を見送る綱吉は、何だか干からびたサボテンの如く心がカラカラになってしまっていた。
 獄寺君や山本に渡しておいて、ってパターンならもう慣れっこなんだけどな……。そっか、姉ちゃんか……。あれ、おかしいな……何だか視界がにじんで何も見えないや……。
 昇降口で、ただ立ち尽くす綱吉少年はまだ知らなかった。
 その時背後から、『姉が見つからないならそうだ弟がいるじゃないか』と突撃のベクトルを半回転させた猛女たちが、鬼女の勢いで猛進してきていることを。


「あー……もうっ!」
 肩で息をしながら、美並は乱れた髪を払った。
「何で早く帰りたい日に限ってこんなことになるのよ!」
 お互いに戦い疲れて、革張りのソファにどちらからともなく腰掛ける。向かいに座った雲雀が、幾分だるそうに口を開いた。
「……家に待ってる男でもいるのかい?」
「男じゃなくて、物よ」
「物?」
 怪訝そうに、彼は顔を上げる。
「朝っぱらから宅急便で、イタリアから花束がいっぱい届いて……。置き場所に困るから、とりあえず私の部屋に放置してきちゃったのよ。帰ったら花瓶に移し替えないと」
「……イタリアからって」
 美並はため息をついて、
「ディーノさんから特大のバラの花束でしょ、ロマーリオさんたちからのもあったし、九代目のお祖父ちゃんからは色とりどりのブーケ、バジル君からはキャンディボックスが届いてたし、ルッスーリアは香水のビンを送ってくれるって言ってたし。パパからはマシュマロ入りのでっかい花籠が届いたし……」
 配達人もさぞ大変だったことだろう。
 指折り数えていく美並に、雲雀は呆れて言葉も出ない。
「あ、あと差出人不明の花束があったわね」
 何かふわふわした尻尾みたいな飾りが付いてたけど、あれって誰からだろう?
 などと、美並は首をかしげている。ヴァリアーボスからの遠回しなハードボイルドラヴは、鈍いジャッポネーゼには通じていないらしい。
「あ、そう言えば獄寺君からは朝っぱらからツナの分と二人分とか言ってすんごいの渡されたんだっけ。ママに渡してきたから、あの分だけでもお水に漬けといてくれてるといいけど」
 美並へと言うなら、イタリア人の血が混じる獄寺のこと、納得もいくが。ツナと二人分とは恐れ入る。
 猛烈に尻尾を振りながら姉弟に笑顔を向ける獄寺の顔が浮かびそうである。
「……で?」
「で、って?」
「君は?」
「は?」
「君は誰かに何かあげたの?」
「……答える義務はないと思うけど」
 途端に、雲雀はムスッと眉間にしわを寄せる。
(ああ、またこのパターンですか……)
 美並のように面倒見のいいお姉さんタイプは、この手のワガママ坊ちゃんタイプに押し切られると弱かったりするのである。
 だがその一方で、雲雀相手に押し切られることが多くなると、ツナが多少いくじなしでも、まっすぐいい子に育ってくれて良かった、などとホロリと思う美並なのだが。
「別に、特別誰かにって言うんじゃないけど……」
 何だか疲れてきて、投げやりに答える。そうして傍らの通学カバンから、リボンのかかった小さな包みを取りだし、雲雀の方にぽいっと投げてよこした。包みは雲雀の頭のてっぺんにぽこっと当たって、手のひらの上に落ちてくる。
「……何だいこれ」
「だから、チョコレート」
「……は?」
 状況を掴みきれず、雲雀は目をぱちぱちさせる。
「ビアンキとは別々に作ったやつだから、毒入りじゃないから安心して」
「……何で僕に?」
「……。……な、何となく……」
「…………」
 雲雀は手のひらにちょこんと乗った包みをじいっと見つめたまま、
「……君まで学校にこんなの持ってきてるなんてね」
 まるで美並を女子として見ていなかったかのように聞こえて、美並は投げやりに立ち上がる。
「あーはいはい、それ没収していいから、他の女の子からはしないように」
 みんな一生懸命今日のために頑張ってたんだから。
 そう続けると、雲雀は珍しいものでも見るかのように、まだじっと包みを見つめていて、何だか呆然とした面持ちで呟いた。
「……しないよ」
「そ、ならいいけど」
 じゃ、そろそろ帰るわ。
 カバンを掴んで歩き出す美並にも、雲雀は「ああ、うん」としか答えない。
 もう美並を追いかけ回していた女子たちも落ち着いた頃だろう。そろそろとドアの外をうかがって、大丈夫そうだと分かると、美並は大きく伸びをした。どうにか無事に帰宅できそうだった。
 美並と入れ違いに、草壁が応接室に戻ってきた。
「委員長、そろそろ例の書類に目を通していただきたいんですが。……委員長?」
 ソファに腰掛けたまま微動だにしない雲雀を怪訝そうに見遣り、彼の手元と表情を見て、草壁はしばし思考する。三秒ほどまばたきを繰り返して、草壁は口の中だけで「これはこれは」と呟いた。
 ようやく草壁の存在に気付いたらしい雲雀が、それでも眉間にしわを寄せたまま呟く。
「とりあえず、沢田からは没収しておいたよ」
「……そのようで」
 色々とツッコみたい草壁であったが、それを言動に表さないところは賢明と言うしかなかった。
 とりあえずしばらくは、委員長のご機嫌は良好に違いない。
 ホッと胸をなで下ろしながら、草壁は持っていた書類を雲雀に差し出すのだった。

 そうして帰宅した沢田美並は、「ランボさんの分はー!?」などとまとわりついてくる子供たちの攻撃をかわしつつ、リビングにタワーを形成している女の子たちからのプレゼントの山と、それを前にうなだれる弟、そしてそんな弟にまとわりつく獄寺や、彼と口論しながらもチョコを持って突撃してきたハル、なぜかもれなくいる山本といったにぎやかな面々に迎えられることになるのである。


草壁はあの委員長が女子に興味を!ということで、頼んでもないのに色々調査報告してくれそうだなーと。
ミナミは最初から雲雀にあげるつもりだったのか、については、
まあ機会があってそういう雰囲気になったらあげてもいいかな、くらいだったと思います。
雲雀からは絶対欲しいなんて言わないだろうし。たぶん、あげるなら雲雀、だったんだと。
ちなみにツナはちゃんと京子ちゃんからもらえました。姉ちゃんの袋にちゃんと二人分入れてくれてた。

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