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Novel
REBORN! > 自分のものと言えたなら

 畳敷きの和室なのに、空が見えない。この殺風景な部屋を見回して、最初にそう思ったのを覚えている。
 並盛のボンゴレ地下アジトと直結している、風紀財団の地下基地。直結はしていても不可侵条約によって、扉が開かれることはほとんどない。
 今もこうして、ボンゴレ十代目ボスの実姉である美並が、風紀財団代表の雲雀恭弥と財団の部屋にいるということなど、めったに起きない珍事なのだ。もっとも、これっきりのことだ、と雲雀は言うだろうが。


 沢田美並は弟の綱吉がボスの座に就いてから、父親の薦めもあって、日本とイタリアを行ったり来たりしながら生活を送っていた。
 主に、綱吉の代わりにパーティーに参加したり、ファミリー間の抗争のクッション役になったりといったことだ。まだ年若いボスを支えるにしても、美並もまた年若い、それも女の身ではあるのだが、卓越した語学能力と機転、相手が誰であろうと一切物怖じしない態度、そして女王気質な性格の間に垣間見える少女らしい愛らしさを武器に、男共を蹴散らす勢いで活躍しているのである。
 実際、いつだったかのパーティーで美並のオシリを触ったどこぞのファミリーのボスが、強烈な平手打ちを喰らって三メートル吹っ飛び、頭からホイップクリームたっぷりのケーキにツッコんだ上、美並にヒールで尻を蹴飛ばされ、おかげですっかりM男に目覚めてしまった、という伝説的逸話がある。
 その時お供していた山本武と笹川了平は、いかにも面白いものを見たという顔で綱吉に報告したものだ。
 ―― 美並ネエさんはまたしても下僕を増やしてしまわれたようで。
 ため息混じりに頭を抱えたボスに、雨と晴の守護者両名はあっけらかんと笑って言ったという。
「まあ、目の前に世にも美しいシリが現れて、ついフラッと手が伸びたってのは分からねーでもねえけどよー」
「男というのは極限アホな生き物だと思わされるな!」

 そんな世にも美しいというオシリを持ったうら若き女王陛下は、その伝説の一件を皮切りに様々なファミリーに一目を置かれることとなった。
 中には、ボンゴレボスである綱吉ではなく、その姉の美並に忠誠を誓う輩もいたりして、十代目姉弟を育て上げた家庭教師は影でほくそ笑んでいたりするのだが、この美並という女性、いつまで経っても特定の相手を作ろうとする気配が見えないのである。
「嫁き遅れになる前にいい加減オレんとこに来いよ」
 姉弟の兄貴分である、とある大ファミリーのボスも、やや頬を赤らめつつ言ったものだったが、美並は肩をすくめただけで、
「独り身のうちにしかできないことって、思った以上にたくさんあるものなのよね」
 そんな姉の態度を見るたびに、綱吉は不安に駆られるのだという。
 以前も、キャバッローネの右腕であるロマーリオから、「うちのボスがおたくの女王陛下にフラれて凹みまくって仕事になりゃしねえ」と言われたことがある。ディーノを兄と慕う綱吉としても、申し訳なさと居たたまれなさで頭を抱えることになるのだが。
 そんな時、自称綱吉の右腕である獄寺隼人はやけに楽しげに言うのだ。
「いいじゃないですか。美並さんをボンゴレの外に出す必要なんて、これっぽっちもありませんよ十代目。美並さんは今のボンゴレに必要不可欠な人材ですし。それに、美並さんに相応しい男なら、案外十代目の近くにいるのかもしれませんよ!」
 近くにいるのかどうか、はたまたソレが誰であるのかは、あえて深く追求しないことにして、美並が現在のボンゴレファミリーにとって必要不可欠な人材になっているというのはうなずける。
 何せ彼女が表に立ってからというもの、ファミリー内での内乱もファミリー同士のぶつかり合いも、目立った物が起こっていないのだ。

 そりゃあそうなんだろうけどさ。あのヒトの弟であるオレからすれば、あのヒトは、自分を含めて一体何人の男を振り回しているんだろうか。
 綱吉は頭を抱えつつ、そう思うのだ。
 玩んでいるのではなく、振り回している。その言葉の方がしっくり来る。
 そう、美並は決して人を玩ばない。振り回すだけ振り回すくせに、その行動や言動の逐一がやけに晴れ晴れとしていてあっけらかんとしていて、憎もうにも憎むことができない。
 美並といると、気持ちがいいのだ。
 もし姉ちゃんが守護者だったら、きっと晴か何かなんだろうな。
 以前家庭教師だった赤ん坊にそんなことを言うと、彼は例のニヤリとした笑みを浮かべてこう答えた。
「いいや、美並は"風"の守護者だぞ」
「風?」
「他にはない、幻の守護者ってとこだな」


 ――風の守護者、ねえ……。
 綱吉から託された書類に目を通しつつ、美並はかつてリボーンに言われた言葉を思い返していた。
 ――風は大空を吹き荒れ、雲さえも自在に形を変えさせる。風がなけりゃ雲だって動いちゃくれねー。そうして雲を発達させ、やがて雨を呼び嵐を猛らせ、雷鳴を轟かせ、霧を操って、そしてまた雲を吹き飛ばして太陽を拝ませるんだ。言うなれば、守護者全員を蹴散らしちまう最強の守護者ってとこだな。
 ずいぶんと過大評価じゃないのかしら。
 向かいに座って同じく書類に目を通している雲雀に、チラと目をやる。
 イタリアではあり得ない、畳敷きに座布団に正座、しかも相手は和服、という状況なのだが、たまにはこういった環境も日本人としては悪くない。
「ふうん」
 唐突に、雲雀が顔も上げずに言った。
「まあいいんじゃない。こっちも別に損はしないみたいだし」
「……うそ、いいの?」
「何」
「だって、まさかあんたがこんな条件を呑むとは思わなかったから」
「…………」
 風紀財団とボンゴレとの橋渡し役として、美並を立てる、という立案だ。
 美並自身、中学の頃からやたらと衝突しまくっていた雲雀との間の橋渡し役など、到底つとまるとは思っていなかったし、まさか雲雀がいいと言うとは夢にも思わなかった。
「言っておくけど、君の弟たちと馴れ合う気はないからね」
「分かってるわよ。あくまでビジネス。取引、ってことでしょう?」
「お互いがお互いを利用し合う、利害の一致ということだね」
 冷たく言い放つ雲雀に、美並は思わずクス、と笑ってしまった。目ざとく見咎められて、
「昔ね、心理学者の本を読んでて、あ、これ雲雀だーって思ったことがあって」
「何」
「ヤマアラシのジレンマよ。トゲトゲのヤマアラシは、側にいたくても自分のトゲが相手に刺さってしまうから近寄れないの。一人は寂しくて、でも近寄れなくて。悲しい逸話でしょ」
「……何が言いたいの」
 ジロリと睨む雲雀に、「んーん」と笑って首を振り、
「でもねえ、この話を読んであんたを思い出したとき、妙に納得しちゃったのよね。だってヤマアラシは確かにトゲトゲで、不用意に近づけばトゲが刺さるけど……」
 判を突いた書類を雲雀から受け取って、それを封筒にしまいながら、美並は笑った。
「触り方を間違えなければ、触れることだって、抱きしめることだってできるじゃない」
「…………」
 雲雀が瞬間、目を見開いたように見えた。
 そうして、封筒をバッグにしまって帰り支度を始める美並に、そっぽを向いたまま答える。
「……そんなだから、恋人の一人もできやしないんだ」
「うるっさいわね! そんなのお互い様でしょ! ほっといてよ!」
 車を外に用意しましたが。そう言い出そうとしてタイミングを逃した草壁が、片手を宙に上げたまま、困ったように苦笑いを浮かべた。

 この二日後、日本から持ち帰られた、風紀財団代表の印が押された書類を前に、ボンゴレの十代目ボスはまたしても複雑な心境に追いやられ、ため息混じりに頭を抱えることになるのである。


弟たちと馴れ合う気はないが……というところが雲雀さんです(笑)
何年経とうがツンデレっぷりは健在だと素敵です。そして貴重なデレに気づかないミナミ。
恋人ができない、というよりは、作らない雲雀さん。本命以外興味ない一途なタイプかな、と。

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