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Novel
彩雲国物語 > Think of My Dear

 これは、余、紫劉輝の私記である。
 もっと端的に、もっとはっきり言ってしまえば、我が最愛の妹、紫明輝と我が側近、李絳攸の関係を考察した記録である。

 我が妹明輝は、余が言うのもなんだがとても可愛い。
 金茶に近い薄栗色の髪はフワフワと柔らかく、大きな瞳は愛らしく、気の強そうな整った柳眉、年頃の娘らしい薔薇色の頬、白磁のようなきめ細かな肌。
 出るべきところがちゃんと突出し、その若くなめらかな曲線は、男なら必ず振り返る。指先に至るまで、自信に満ちた雰囲気が醸し出されているような娘。それが明輝だ。
 目に入れても痛くないくらいに、可愛い我が妹。
 当然のことながら、余のもとには既に、
「明輝様をぜひわたくしめに!」
 という文がアッチからもコッチからも、たくさん飛来している。
 まったくフトドキ千万ッ!! 余がそう簡単に明輝を嫁に出すと思うのか! 10年以上も離れて暮らしていた可愛い我が妹をッ! 脂ぎったシタゴコロ丸見えの無能共にッ! 顔を洗って出直すがいいのだッッ!!

 ………いかんいかん、思わず取り乱してしまったぞ。

 当の明輝には、求婚の文が飛来しているという事実を告げていない。可憐で清らかな我が妹を、薄汚い陰謀の魔手から守るのも兄としての務めであろうからな、ふふふ。
 などということを以前、絳攸と楸瑛の二人にふと漏らしたところ、楸瑛は苦笑し絳攸は呆れかえった。
「いやあ確かに、ひめさまは可愛いし、思わず振り返りたくなるほど素晴らしい外見ですからね。求婚者たちの気持ちも分からないではないですよ」
 ニヤニヤしながら言う楸瑛。対照的に絳攸はため息がち。
「ひめさまの本性を知らずによくもまあ……。後で痛い目を見るのはそいつらだろうに」
「君は常日頃からひめさまと衝突しているもんねえ」
 吹き出しながら、楸瑛が茶化す。絳攸がじろりとニラんで、何事か反論していたのだが。
 余はその時、以前から胸につっかえていたことが気になっていた。
 そうして、絳攸に問うたのだ。
「明輝は、よく絳攸と一緒にいるのだな」
 一瞬、絳攸はきょとんとした顔をした。
 2秒ほど間があって、顔色が赤くなったり青くなったり劇的に変化する。
「い、いえあの、別に俺とひめさまがどうっていうんじゃありませんから!」
「……そうなのか?」
 ぶんぶん、と不自然なほど首を縦に振る。
 ふと見ると、楸瑛が必死に笑うのを堪えている。
「……楸瑛」
「まあ、主上が心配するような仲でないことは、今のところはまだ確かみたいですがね」
 くっくっと肩を揺らしながら、楸瑛は絳攸のイナズマのような視線を避けながら続ける。
「見ていてとても面白いですよ。普段冷静な絳攸が、感情むき出しにしてひめさまと口げんかするんですから。それもほぼ毎日」
「おいこら!楸瑛ッ!」
「それがまるで子供のけんか。くっだらない舌戦なんですよ。この間なんて特に面白かったよなぁ絳攸、ひめさまに『くっだらないお説教は聞き飽きたわよ!この石頭!』って叫ばれて、往来のど真ん中で20分もニラみ合い」
「楸瑛ッッ!!」
 絳攸が顔を真っ赤にして卓子をドンと叩いた。
 それにしても、聞き捨てならない言葉を聞いたぞ。
「……絳攸は、毎日明輝と会っておるのか?」
「そ……っ」
「いつだ?」
 思わず口調が詰問になる。
「一体いつ、どうして、なぜ、明輝と会っておるのだ絳攸」
「お、俺のせいじゃありませんよッ! 断じてッ!」
 ぶぶぶん、と首を振って、絳攸が慌てる。後ずさる絳攸など、後にも先にもこの時が初めてだった。……心にやましいことでもあるのか。
「目が据わってますよ主上」
 冷静に楸瑛が言って、助け船を出した。
「本当に妹御のことになると人が変わりますねえ。絳攸の代わりに私が答えましょうか。仕事が終わった後、ひめさまの方から出向いてこられるんですよ。ちょくちょく、我々が通る廊下あたりで待ち伏せておられて」
「一昨日なんか、曲がり角を曲がったらいきなり……」
 言いかける絳攸に、思い出し笑いをして吹き出す楸瑛。
「『遅ぇんだこのヤロウ天誅ッ!』とか何とか叫んでミゾオチに体ごと肘が飛んできましたからね……」
 あれは恐ろしかった、という顔で、絳攸は鳩尾あたりをさすってみせる。ぐはっ!と呻いて悶絶し、うずくまる絳攸と、笑い転げる楸瑛の姿が目に見えるようだ。
 私を待たせるなんていい度胸ね、ということなのだろう。確かに問題のその日は、終わるのがいつもより1時間ほど伸びたのだったな。
「まるで飢えた猛獣か、やんちゃな虎の子ですよあれは」
 やれやれ、という顔で絳攸がため息をつく。

 二人の話を総括すると、どうもこういうことらしい。
 明輝は我々の職務時間が終わるのを見計らい、二人がそれぞれの勤務場所へ戻るために通りかかる地点で、常日頃待ち伏せをしているというのだ。
 しかも、食ってかかるのは決まって絳攸に。楸瑛には絶対と言っていいほど、危害を加えない。
 それがどうにも、余の心を騒がせるのだ。
 以前余が待ち合わせに遅れた時は、「遅い!」とふくれっ面をしてはいたが、ミゾオチに肘で体当たりしてくることも、蹴りが飛ぶこともなかった。
「……明輝は、絳攸が好きなのだろうか」
 思わず呟いたら、二人はぴたりと手を止めた。
 ふと見ると、カーッと音が聞こえそうなほどの勢いで、絳攸が赤面している。池の鯉みたいに口をぱくぱくさせているが、「まさか」とか「そんなことは」とか「あえりえません」とかいう形を作るだけで、言葉としては発されなかった。
「まあ、そうでしょうねえ」
 にやりと笑って、楸瑛がさらりと肯定した。
「かまってほしくて仕方ないんでしょう。初々しくて可愛いじゃないですか、なあ絳攸」
「――――っ!」
 明らかなほど、絳攸が狼狽する。
「絳攸は知らないことですがね、この際バクロしちゃいましょうか」
 にやにやと人の悪い笑みを浮かべて、楸瑛は横目で絳攸を見つつ、余に告げた。
「一度、私と絳攸が別行動を取ったことがあったでしょう。ほら、絳攸だけ少し残って仕事をした日です。あの日もひめさま、例に漏れず待ち伏せておられたんですがね」
 いつも一緒に来るはずの絳攸の姿が見えないことに気付いて、明輝は拍子抜けしたみたいにガッカリしたという。
「絳攸を待ってるんですか? って尋ねたら、ひめさま、真っ赤になって反論してきましたねえ。いやあーあの時のひめさま、極上に可愛かったなあー」

 後になってだが、楸瑛はその時のことを詳しく余に教えてくれた。
 『絳攸を待っているんですか?』
 『そっ、そうじゃないもん!』
 『……ちょっと遅れますが、もう少し待っていたら来ると思いますよ』
 『べっ、別に絳攸さんを待ってるんじゃないってばっ!』
 『くすくす、残念です、待ってくださっているのが私ではなくて。あいつに女性関連で負ける日が来るなんて、ちょっとした屈辱ですね』
 『だ、だから違……!』
 『ひめさま、あなたが素直になれば、あいつからも素直が返ってきますよ』
 楸瑛がそう言うと、明輝はカーッと真っ赤になって紅唇をへの字に曲げ、悔しそうに目を潤ませたのだとか。
 あの時のひめさまは、そのまま抱きかかえてお持ち帰りしたいくらい可愛かった、あんな可愛い妹が欲しかった、私をグケイなどと呼ぶカワイクナイ弟ではなくて、などと楸瑛は半分嘆きの入ったセツジツな言葉を漏らしていたのだが。

 ふと視線をやると、絳攸が口元を押さえて顔を背けていた。
 耳の先まで赤いその様子を見て、楸瑛は意味ありげな笑みを浮かべ、余はどうにも複雑な気持ちがしてならなかった。
 明輝は絳攸が好きなのだ。余が、秀麗を愛してやまないのと同じように。
 普段ぶつかり合いながらも、それでも明輝が強烈に絳攸に惹かれた理由が、何となく余には理解できる気がする。
 叱ってくれる者がいるという幸せ。
 自分のことを、無条件に思ってくれる者がいるという幸せ。
 長いことそれから遠ざかっていた明輝には、多少うるさくても、絳攸が叱責という形でにしろ、かまってくれるのが嬉しくて仕方ないのだろう。
 余が、秀麗に対して抱いた気持ちとまったく同じだから、よく分かる。
 だから明輝は、絳攸が好きなのだ。
 そしてこの様子から見れば、おそらくは絳攸も。


「何してるんです主上」
 顔を上げると、微妙に柳眉に怒りの色を灯した絳攸がこちらを見ていた。
「さっきから熱心に進めていると思ったら、全然減ってないじゃないですか。何やってんです」
「う、うむ、すまんつい」
「何がついです、さっさとやらないと徹夜になりますよ」
「しゅ、宿題は嫌だぞ」
「……子供じゃないんですから宿題はないでしょう宿題は」
 くすくすと、楸瑛が笑う。
 その時だった。
「ハーイ皆さん、頑張ってる?」
 盆を手に、ひょいと顔を覗かせたのは、我が愛しの妹、明輝。
 口元を猫のようにへにゃっと曲げて、悪戯っぽい瞳で我々を見つめる。
 ああ……、今更だが何と愛らしい……っ!ああ明輝……っ!
「何ふにゃふにゃになってるんです主上、顔引き締めて!」
「な、何だか今日はことさら、意地悪に磨きがかかっているぞ絳攸」
「やかましいさっさと進めなさい」
 びしびしと指導が入る。
 うう、せっかくこうして明輝が差し入れを持ってきてくれているというのに。
「もー、またそれだ」
 怒ったように明輝が言って、茶と菓子の乗った盆を卓上に置いた。そしてツカツカと絳攸の方に歩いていくと、しゃがみこんで絳攸の眉間を親指でぐいぐいと押す。
「なっ!」
「まーた眉間にしわ寄ってる。何回ほぐしてやれば気が済むのかしらね!」
 うるさそうに手を払いのけようとする絳攸に、明輝も負けていない。二人とも意地になって、攻防戦が続けられる。楸瑛がそれをほほえましそうに笑って見ていた。
「明輝、余にはやってくれぬのか?」
 いじけたように言ってみると、明輝はきょとんとした顔で余を見た。そしてにやっと笑って。
「だーめ、お兄ちゃんにはやったげない」
「なぜだ!?」
「だって」
 くすくす、と明輝が笑う。
「お兄ちゃんには、別にやってくれる人がいるでしょ? ちゃんと」
 同時に、えい、と勢いを付けて絳攸の眉間をぐりぐりやる。「やめんかああ!」と呻る絳攸。
「別に私がやったげてもいいけど、私がやるより、やってもらいたいでしょ? 秀麗に」
 余がぐっと言葉に詰まると、明輝はにやっと笑った。
 敗北だ。
「主上」
 楸瑛が、言葉をなくして明輝と、明輝のぐりぐり攻撃から身をかわそうとしている絳攸を見つめるしかない余に、囁いた。
「別に嫌ではないでしょう、絳攸なら」
「む……それは……、そうだが……」
「それにほら、見てくださいよ」
 言われて、余は見た。
「あんな顔、見たことあります?」
 楽しそうな明輝の笑顔。迷惑そうながらも、それでもどこか楽しそうで、嬉しそうな絳攸の。
「……どう見ても、じゃれ合っているようにしか見えんな」
「でしょう?」
「…………あれから、何かあったのか」
「ああ、分かりますか」
「余にだってそれくらい分かるのだぞ」
「ふふ。私が教えたって言わないでくださいね」
 そして、余は聞いた。
 明輝と絳攸が、深夜の密会を始めたようだと。
 いつかこうなるだろうという覚悟はあったから、驚きはしたが、それよりも悔しさが勝った。
 大事な妹を奪われたような、でも絳攸だから嫌悪があるわけではなくて、何というか、余よりも大事だという男が現れてしまったことに対する、嫉妬感。
 楽しそうにじゃれ合っている明輝と絳攸を見て、余は複雑な気持ちになる。
 今、笑顔でじゃれている明輝は、深夜、絳攸とふたりきりで、一体どんな顔をしているのだろう。どんな声で、どんな仕草で絳攸に甘えているのだろう。
 絳攸はどんな風に、明輝に触れるのだろう。余が普段よく目にしているあの唇が、深夜になると、どんな言葉を紡ぎ、どんな風に明輝の肌を辿るのだろうか。
 だがきっとそこは、余が入ってはならない二人だけの聖域。
「お兄ちゃん?」
 ふと、明輝がこちらを見て首を傾げた。
「どうかした?」
 絳攸はどうやら余の視線の意味に気付いているらしく、気まずいような申し訳ないような、かといって謝るでもない、そんな感情がない交ぜになったような複雑な顔をしていた。
「いや、何でもないのだ」
 できるだけ何事も感じさせないように、できるだけの微笑みを浮かべた。
 できるだけの、心からの微笑みを。


お兄ちゃんはフクザツ!!!

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