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彩雲国物語 > 黎深様の光源氏計画

「れっ、黎深様!これは一体何のマネですっ!?」
 紅家当主、黎深の住む壮麗な大邸宅の一室。
 彼の養い子である李絳攸は、部屋の隅に追いつめられた子ネズミの如く身を縮ませながら、それでも部屋の中央に仁王立ちし、自分を視線だけで追いつめている養い親を、なけなしの抵抗の如く見つめている。
「ふむ。我が見立てながら、やはりよく似合う」
「似合ったって嬉しかないですよ!!!」
 悲鳴じみた声を上げる。
 そりゃーそうだ。
 今彼が着ている、もとい、着せられているのは、美しい装飾の施された豪華な花嫁衣装だったのだから。
「こんなでかい花嫁がどこにいるんですかっっ!!!」
「探せばいるかもしれんぞ。世界は広い」

 珍しく黎深が、絳攸に「酒に付き合え」などと言いだしたものだから、不審に思いつつもやはり養い親として彼を慕う絳攸のこと、無碍に断るいわれもなく、どちらかというとちょっと嬉しい気持ちでうなずいてしまった。
 ああ、自分もついに養い親と、実の父子のようなほのぼのしたやりとりが交わせる間柄になったのだなあ。
 などと、ちょっぴり感動してしまった自分が甘かった。
 絳攸はその時の自分の横っ面を、思いっきり張り倒したくなる。罵倒し、雑言を浴びせ、目を覚ませと怒鳴り倒したい気分になる。
 感動に胸を震わせていた彼は、失念していたのだ。
 紅黎深という養い親が、「氷の尚書」もとい、「兄大好きツンデレ男」もとい、「姪っ子大好き変態叔父」もとい!一部で「大魔王」と呼ばれる一筋縄ではいかない男であることを。
 そう、感動し油断しきっていた絳攸は、予想だにしなかったのだ。
 よもや差し出されたその酒に、睡眠薬が混入されていようとは!

 昏睡状態にされたあげく、養い親に花嫁衣装などを着せられたら、たとえ絳攸でなくてもパニックに陥る。
 だが着せた本人である養い親殿は、涼しい顔をして絳攸を見据え、満足げに扇ぐばかり。
「お前、覚えていないのか」
「な、何をです」
「昔お前を拾った時だ。お前は何と言った?」
「え……」
 何と言ったかなんて、この際この状況に何の関係があるというのだろう。
 混乱する絳攸に、大魔王閣下は更にご下問あそばす。
「覚えていないのか?」
「え、え……と……?」
「大きくなったら立派に成長し、私のお嫁さんになると言ったではないか」
「はっ……????」
 絳攸の頭上に、クエスチョンマークが乱舞した。
 オヨメサン。
 一体どこの異国語だろう、とすら絳攸には思えた。
「しかしだ、今私には百合姫という立派な細君がいる。よってお前は二号さんということになるが、異論はないな。うん、ない」
 異論ありまくりの絳攸の返事も待たず、間髪入れずに彼は自己完結した。
「ちょ、ちょっと、何言って……」
 絳攸は必死で過去の記憶を辿る。
 子供の頃、確かに将来に夢を抱き猛勉強していた記憶がある。自分を行儀面で育ててくれた百合姫が、「女は結婚するなら経済力のある人よ!」と力強く男前にのたまっていた記憶もある。
 それなら確かに、紅家当主である黎深ならば経済力うんぬんにおいては文句もなく、理想的だったことだろう。
 だがしかし。
 百合姫のありがたいオコトバは、女性の立場からの見解である。
 ゆえに男性である絳攸にはいくら考えてみても、
「おれ、大きくなったら黎深様のお嫁さんになります!」
 などと瞳をキラキラさせて豪語した記憶など、カケラもない。

 熱っぽい眼差しで養い子を見つめ、黎深は更に続ける。
「これまで厳しく接してきたが、それも花嫁修業、私の理想として育てるためだと涙を呑んできたのだ。分かってくれるな絳攸。私の愛情、私の光源氏計画を」
 分かってたまるかー!!
 絳攸は心の中で絶叫する。
 石化した絳攸に音もなく光速で近づき、黎深は養い子のかぶっている更紗のヴェールを押し上げる。
 絳攸は顔色を無くした。
 マジだ。
 この人は本気だ!!!
「ちょ、れ、黎深様……お、俺は男……っ!」
 顔を必死に逸らしながら、何とか口づけから逃れようとする絳攸だったが、逸らした顔を両手で掴まれ、グキッと向き直らされては逃げ場がない。
 養い親はニコヤカにのたもうた。
「子供が出来ないのなら、むしろ好都合ではないか」
 サーッと瞬間冷凍された絳攸。
「ぎゃーッ!! 百合姫様、百合姫さまーーーっっ!!!!」

「どうした騒々しい。一体何事だ黎深」
 ばたん、と扉を開けて入ってきたのは、けったいな仮面をつけた妙齢の男。
「こ……、黄尚書……?」
 半泣きで自分を見上げる、友の養い子を見下ろし、仮面男は沈黙する。
 華麗な花嫁衣装に身を包み、養い親に押し倒されているこの状況……。
「何だ鳳珠。どっからわいて出た」
 酒を呑むからとお前が呼んだんじゃないかと反論しかけるも、いかにも邪魔が入ったという目つきの黎深を見、それからもう一度、彼の養い子に目を向ける。
 縋り付くような眼差しで、絳攸は天の救いとばかりに、必死に助けを求めていた。
 それはもう、必死に。
「……………」
 数秒、奇人は妙に花嫁衣装の似合う絳攸と見つめ合った。
 そして、一言。
「……邪魔をしたな」
「えっ、ええっ!? ちょっと!?」
「取り込み中なら取り込み中で、外に札でも下げておけ」
「うむ」
「ちょ、ちょっと!ちょっと!黄尚書――!!?」
 助けてくれない、と分かった途端、捨てられた子犬のような絶望的な目をした絳攸。奇人はばたん、と扉を閉めた後、思い切り「ブホッ!」と吹き出した。
 部屋の外から聞こえてくる、腹も捩れるかのような大爆笑に、室内の養い親と養い子は共に沈黙した。
 そして数秒後。
「では、気を取り直して」
「取り直さんでいいです!!!」
 じりじりにじり寄る黎深から必死で逃げる絳攸だが、押し倒されのし掛かられては逃げ場がない。しかも絳攸が追いつめられているのは、部屋の隅っこなのだ。
「恐れることはない紫の上。私に任せればよい」
「誰が紫の上かーっ!!!」
「神妙にせい!」
「あ゛―――っっっ!!!!」
 屋敷を揺るがすような絶叫が響き渡ったのは、この一秒後。


どうもすみませんでした(笑) 黎深様の絳攸かわいがりが斜め上な方向向いてると私が楽しい(笑)

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